すぐに戻りますから。
土方がうたた寝から目を覚ました時妻はおらず、そう書き置きされたメモを見付けた。
「起こしてくれりゃいいのに」
拗ねた響きを持った土方の言葉は、ひっそりとした家に吸い込まれた。
しかし、陽は既に傾き始めている。
「迎えに行くか。」
土方は近くにあった羽織を手にして、足早に家をあとにした。
ひっそりと暮らす二人の家から、一番近い人里。
店数も決して多くはなく、土方はすぐに千鶴の姿を見つけた。
正確には千鶴の後ろ姿を、だ。
「おい、ちづ――…。」
その背中に呼びかけようとした声が、ふいに止まる。
千鶴の様子がおかしいと思ったからだ。
「あの、もう行かなくてはいけないので…。」
困惑しきった千鶴の声がする。
「ずっといい女だなあと思ってたんだよ、連れがいたから声かけなかったんだけどね。」
褒め言葉に微かにその頬が朱に染まったように見えた。
どうやら、立ち寄った先の店で男に言い寄られてるようだ。
「離してください。」
「可愛いねえ。ラッキーなことに今日は一人みてえだし。なぁ、あいつなんかやめて俺のところに来いよ。
あんたみたいないい女、そうそういない。あんな辺鄙なところに住むより、俺との暮らしの方が幸せだって。
な?俺はあんたに惚れてんだ。」
早く逃げりゃいいのに、と土方が苛々していると、人ごみが崩れ、
千鶴の手を相手の男性が掴んでいるのが見えた。
ちっ
派手に舌打ちして、土方は千鶴の下へ大股で歩きだした。
その横を、歩く人が距離を置いていく。
鬼の副長といわれたかつての頃のように、
その身にただならぬオーラをだしているのかもしれない。
最愛の妻が男に言い寄られているのだ。土方とて冷静でいられるわけでもなく。
いいや、千鶴は、土方が人生で心底惚れ込んだただ一人の女だ。
そんな土方が冷静でいられるわけがない。
「お、お断りします…。」
「なに遠慮してんだ。あんたも悪くないと思ってんだろ。」
「思ってねーよ。」
鋭い一言が響き渡り、パシっという乾いた音がしたのはほぼ同時。
男の手が離れたとこれまた同じくして、千鶴は後ろから何かに引っ張られた。
そのままポスンと暖かいものに受け止められ、力いっぱ抱きしめられた。
あっという間の出来事。
京時代を思い出す聞き慣れた怜悧な怒声と、函館で常日頃傍にある温もりに、
千鶴は確認するまでもなく、誰の腕の中にいるのかがわかった。
「歳三さん!」
「誰の女房に手を出してんだ。」
それでも顔を見上げれば、今では見ることがなくなった、
鬼のような形相と殺気で、男を睨みつけている。
それだけで人を斬ってしまうくらいの。
「よく聞け。こいつが心底惚れてんのは俺だけなんだよ。
俺もこいつには心底惚れてんだ。あんたなんかより。
何が幸せかなんててめえが決めるもんじゃねえ。
あんたがこいつをいい女だと思ったのは、俺との暮らしが幸せな証拠だ。」
低い声が淡々と言葉を紡いでいく。
その口調がかえって恐さと殺気を増しているようだ。
男は真っ青な顔して固まっている。
千鶴は何も言わず、大人しく腕の中におさまっている。
土方の様子にビクビクしながら。
それでも、自分を抱く土方の腕に自分の腕をしっかり添えていた。
尚も土方は続ける。
「いいか?こいつは俺のもんだ。誰にも渡さねえ。
人のもんって知りながら手出すたあいい度胸だ。だかな」
一旦言葉を切ると、更に凄みを増した目で相手を射る。
「命が惜しけりゃ二度と手出すな。」
「は、はい………!」
コクコクと頷く青ざめた男を確認すると、
「帰るぞ。」
千鶴の肩を抱いたまま踵を返し、元来た道を帰り始めた。
「おい、千鶴。」
まだ不機嫌な低い声が千鶴を呼ぶ。
「おまえ、いつもああなのか?」
「ああって?」
「今みたいに言い寄られてんのかって聞いてんだ。」
つい強くなった土方の口調に千鶴の肩がビクリと跳ねた。
腕の中の千鶴の反応に、土方は少し強く言いすぎたかと反省した。
「……あんな風に言われたのは今日が初めてです…すいません。」
主に悪いのはあの男なのだが、はっきり断って逃げられず、
土方に助けてもらったのだから、千鶴は申し訳なさでいっぱいだった。
しょぼんと落ち込む千鶴を見て、土方は肩に回していた手を、
今度は千鶴の頭に乗せ、優しく撫でた。
「確かにおまえの無防備さと無自覚さにはヒヤヒヤするがな。
人ん家の女房だと知りながら言い寄るあいつが悪い。
おまえは気にするな。そんなに気にするなら今度からははっきり断れ。」
土方は口調を和らげて千鶴に言った。
まだ、俯いたままの千鶴に、小さく息をつき、苦笑する。
「ほら、顔上げろ。少しは自覚して気をつけてほしいが、
俺は別におまえを責めてるわけじゃねえよ。」
「そうなんですか?」
土方の言葉に、千鶴は明るくした顔で土方を見た。
「てっきり……。」
「勝手に嫉妬しただけだ、気にすんな。」
思わぬ土方の言葉に、千鶴は足を止めた。
「え?今…」
土方は、居心地悪そうに視線を逸らしたが、
すぐに、距離が開いてしまった千鶴の手を取り歩き出す。
慌てて千鶴が土方の横に並んだ。
「そういえば歳三さんどうしていらしてたんですか?」
千鶴が思い出したように聞いた。
「日が傾いてきてたからな、迎えに行こうと思ってよ。
そういう千鶴こそ、なんで俺を起こさない。」
そもそもそれが原因じゃねえか、とは口にせず。
「あまりにも気持ち良さそうに寝ていらしたので、起こすのが勿体なかったんです。」
その時のことを思い出したのか、千鶴はクスクスと小さな笑い声をあげた。
「いいから今度からは起こせ。」
「でも」
「でもなにもねえ、また言い寄られたいのか?」
「それは困ります。」
「変な遠慮する必要なんかねえよ。
俺がいないとこで言い寄られると思うと気が気じゃねえし、俺が一緒にいてえんだ。」
そう言われては、いやとは言えない。
土方の心配も嬉しいし、一緒にいたいと言われ、漸く千鶴の顔に笑顔が広がった。
「はい!」
それからというもの、人里の店先には、
いつも二人の中睦まじく買い物をする姿が見られていた。
お題:無邪気な君へのお題 02.無自覚という名の罪
お題サイト「恋したくなるお題」様よりお借りしました
900hit千夜様より「土千の夫婦で、千鶴に言い寄る男が現れる」
この度はリクエストありがとうございました!
ご期待に応えられたえしょうか…。なんかすいません!リクエストに沿ってるのかも自信が…
なんか結局、嫉妬心丸出しな土方さんになってしまいました。うまく言い寄られているように書けてればいいのですが…
こんなお話になってすいません。駄文でよろしければお持ち帰りいただけたら幸いです。
感想や苦情いただけたらと思います。というか、書き直しいつでも受けますのでおしゃってください!
また、お暇なときにでも、サイトに来ていただけたらと思います。