けれど、それに気付いたところで、俺はどうしたらいいものか。
少し前だったら容赦なく問いただしてたかも知れねえ。
だが、そうもいかなくなったのは、どうしてだろうか。
千鶴の俺へ向ける感情の中に、特別な感情を見つけたからだろうか。
まだ恋をしたことが無いだろう少女の、
その恋情を初恋にも似た少女特有のものだと黙殺してきた。
いつからかわからない。
その中に、時折見えるひたむきな想いは、
少女のものというより、大人の女のものに近かった。
それに気付いてから、俺の中でも少しずつ変わり始めた。
いつしか、抑えていた見て見ぬ振りをしていたこいつへの想いが、
抑えることも見て見ぬ振りも出来ず、自覚せざるを得なかった。
ああ、俺もこいつのこと好きなのかもしねえなと。
それからだ。
時を同じくして、千鶴の様子がおかしいということに気付いたのは。
いつものように茶を入れて俺の部屋に来ては、
何か言いたげにしてそれを封じて、部屋を辞していく。
ここのところ、浮かない顔をしている。
何か一言かけてやればいいのだろうが、
自分の気持ちに気付いてからというものどうもうまくいかねえ。
女は千鶴が初めてではない。
何故出来ないのかと聞かれれば、俺は納得のいく答えが出来ないだろう。
じゃあなんだといわれたら、立場の問題だろうか。自分の置かれてる。
俺は新選組副長という立場がある。
まして、近藤さんが撃たれた今、あらゆる組内の仕事が俺にふりかかる。
死に一番近い場所にいるっていったって過言じゃねえ。
そんな俺に何が出来るってんだ。
それに千鶴のことだ。
俺の仕事の邪魔になる、だとか、迷惑になる、だとか考えて言い出せねえに違いない。
どこかで遠慮して、悟られまいと俺から少し距離を置こうとしているのだろう。
だからといって、このまま千鶴が浮かない顔してるのもつまらねえ。
「土方さん、千鶴となんかあったか?」
珍しく原田が俺の部屋へたずねたかと思うと、突然そんなことを切り出した。
原田は昔から察しがいいヤツだった。
そう考えれば、原田が気付くのもおかしくない話だ。
「なんだ、藪から棒に。」
表情を一切変えぬよう繕いながら、なんでもないよう原田に返す。
「ああいや、千鶴の様子が少しおかしいことはあんただって気付いてるだろう?
この前千鶴にそれとなく聞いてみたんだけど、浮かない顔してなんでもねえって言いやがる。
土方さんも土方さんでなんかよそよそしい気がしてよ。」
「俺はただ仕事が忙しいだけだ。特にどうこうはしてねえよ。」
用はそれだけか?そう強く言えば、原田はため息一つ吐いて
「土方さん、ちゃんと千鶴と話せよ。たまには素直になるのも悪くねえじゃねえか?」
それだけ言い残して部屋を出て行った。
「わかってるよ、そんなことは。」
誰に言うでもなく零れた言葉は静かに消えていった。
原田と話をしてどのくらい経ったか。
千姫とやらが、訪れてきた。
千鶴を迎えに来たという千姫は、前来た時と状況が変わったのだからと、
俺達が戦いに集中できるには自分達の方へ来たほうがいいと、千鶴に話していた。
胸糞悪い。
俺達が千鶴を守れない、そう言われたことに。
千鶴がいては、俺達は何も出来ないと言われたようで。
千鶴が、千姫の言葉に微かに揺れたのがわかった。
迷っている。それが正直なところだろう。
千鶴がここのところ迷っていたのはこのことか。
けれど、千姫の言葉に頷こうとはしない。
千姫が説得しようとする、その言葉に揺れながらも、表情は辛そうにしている。
ここにいたいのだ、とまるで言っているようで。
ちらと俺を見た視線が、それをはっきりと表していた。
だからって俺がここで引き止めていいのか。
千鶴は、千姫に答えることが出来ずにいる。
このまま千鶴が千姫のもとへ行ってしまったら、と思うとやりきれなかった。
ここにいたい、そんな千鶴の気持ちが手に取るようにわかるようだ。
千鶴のその表情を自分勝手に解釈し、行かせたくない俺は、二人の間に割って入った。
「……出て行きたくねえんだろ。」
俺は出て行かせたくねえ。
俺の言葉に、千鶴がパッと俺の方を見た。
そこに、驚きと何よりも嬉しさを見つけた俺は、
自分の解釈が間違ってなかったことを確信する。
「えっ、あ…。」
もう少しわがままになればいいのにと、場にはそぐわないことを思ってしまった。
自分に焦がれる想いがそうさせてるのか、そこまではわからない。
「だったら、余計なことを考える必要はねえ。ここにいりゃいい。」
自分でも驚くほど、優しい言い方になったと思った。
千鶴がいたいだけ、いればいい。
何も迷う必要はねえんだ。
ここにいていいのか、迷惑にならないのか、きっと千鶴はそれを気にしている。
「私……、ここにいてもいいんですか?」
千鶴が不安げに、確認するように聞いてきた。
「愚問だ。迷惑だと思ってたら、とっくに放り出してる。」
「ありがとうございます……!」
俺は即答した。
俺の答えを聞いた千鶴は、漸くほっとした表情をする。
心の底から安堵するように、
うっすらと笑みを浮かべてる姿を見たら、これでよかったんだと思った。
千姫を送りに出た千鶴は、ややあって戻ってきた。
広間にまだ残っていた俺を見ると、開口一番に、改めてお礼の言葉を口にした。
「土方さん、本当にありがとうございます!」
きちんと正座をして頭を下げる。
「出て行きたくねえって思うんだったら、ちゃんと千姫に言やいいだろ。」
「それは……、
でも、私がここにてご迷惑になるようなことはしたくなかったんです。
邪魔になりたくなかったんです。」
切実に言葉を綴る千鶴の目が、涙で潤んでいく。
「だから、嬉しかったんです。土方さんがここにいていいって言ってくださったの。」
透明な雫が千鶴の頬を伝う。
不機嫌を装って、なんでもないと振舞っていたが、もうやめた。
「ずっと迷ってたんです。
ここにいたかった、でも、本当にいていいのかわからなくて。
土方さんに聞きたくても聞きにくくて。」
千鶴が何度も口を開き、閉じていたのはそういうことだったのか。
「悪かったな。俺は別におまえが嫌いになったわけじゃねえんだ。
ちゃんと聞いてやれなくて悪かったな。」
千鶴は首を振って、もう一度聞いた。
「本当にここにいていいんですか?」
「だから何度も言わせんな。おまえは好きなだけここにろ。
じゃなかったら、誰が俺にうまい茶いれてくれんだよ。」
きちんと伝えてやりゃいいんだろう。
これから大きな戦が迫っている。
これからどうなるかもわからない。
だから、きちんとは伝えてはやれない。
けれど、せめて今伝えられる範囲は伝えてやろう。
「千鶴、俺はな、どんなに忙しかろうとどんなに時勢が変わって大変だろうと、
千鶴が茶を持って部屋来てくれるだけで休めるんだ。おまえしかできねえことだ。
迷惑だとか邪魔だとかそんなことは考えるな。」
「でも、風間さんたちの襲来はまたあるかもしれませんし……。」
「だからなんだってんだ。
ここの幹部はみんな迷惑だとは思ってねえよ。守ってやるさ。俺がな。」
さっと頬が染まったのは気のせいか。
そこにあるのは少女の顔ではなく、女の顔で。
「で、でも、土方さんに守られてばかりは…。土方さんの何かお役立ちたいです。」
心なしか、嬉しいのか照れくさいのか、顔を俯かせながらしっかりと主張した。
「だったら、うまい茶でもいれてもらおうか。」
「はい!」
広がった笑顔は、花が綻ぶようで、やっぱりこいつには笑顔が似合う。
俺も、こいつの笑った顔が好きだ。
変なことを考えずに、やりゃいいんだな。
「土方さん、ありがとうございます。」
ふわりと笑う千鶴に、そっと撫でるように頭を置いた。
きっと今俺は、他の幹部にゃ見せれねえ顔してんだろうな。
俺と目が合うと、また頬を染めて目をそらす。
でも俺の側からは離れない。
千鶴から伝わる、自分への想いはくすぐったいほどだ。
もちろん、本人にはそんなつもりはないだろうし、
俺が千鶴に対してどんな風に想ってかは、この様子じゃわかってないだろう。
でも、今日のこのことで少しは伝わってくれないだろうか。
今はまだこの距離で十分だろう。
「千鶴。」
広間から出る間際、千鶴を呼び止めた。
「これからは、今回みたいに何かあったら俺に言え。
おまえの話を聞くらい朝飯前だ。」
「ありがとうございます。」
茶を頼む、そう言い残して俺は部屋へと戻った。
少しして響く、小さなパタパタという足音を待ちながら。
(どう表現したらいいかはまだ分からないけど)
お題:「君と生きていたい」5のお題
お題サイト:「ココロノカタチ。」様よりお借りしました。
2700hit wakame様より
「京都時代で想い合ってるのにお互いの立場を考えてウダウダしているもどかしい土千。」
(特に土方さんいグズグズウダウダしてもらいたい。最後はハッピーで)
この度はリクエストありがとうございました!お待たせしてすいません。
ご期待に応えられたえしょうか…。なんかすいません!ありがとうございました。
土方さんサイドしか書けてないですよね、ハッピーになってるかな…
こんなお話になってすいません。駄文でよろしければお持ち帰りいただけたら幸いです。
感想や苦情いただけたらと思います。というか、書き直しいつでも受けますのでおしゃってください!
また、お暇なときにでも、サイトに来ていただけたらと思います。