ここでは日常茶飯事的に繰り返されることがある。
それは簡単に言ってしまえば千鶴の取り合い、のようなものである。
まぁ、勝者はいつだって決まっているのだが。
いつの間にか屯所に馴染んだ千鶴は、
高く結われた髪をパタパタ揺らしてはちょこまかと動き回り、
誰かに何かを頼まれれば――例えそれが雑用であっても――ふわりと笑って引き受け、
何か役に立てはしないかと気を遣い、細かいところまで気付く気立てのよさを持ち合わせ、
大きくくりっとした瞳でコロコロと表情を変え、
誰が言ったであろうか、小動物のような誰からも愛される少女だった。
幹部連中は特に好んで千鶴に構っていた。幹部連中は皆、千鶴を可愛がっているのだ。
ほら今も、藤堂が千鶴を見付け話し掛ける。
「千鶴ー!」
元気のいい藤堂の声に、千鶴が振り返った。
「平助君。巡察お疲れ様。」
いつものようにニコリと笑う千鶴に嬉しそうに藤堂が笑顔を帰した。
「ありがとな!でさ、」
「千鶴ちゃん、平助じゃなくて僕と遊ぼうよ。」
「沖田さん。」
「総司!」
ひょっこり姿をあらわしたのは沖田である。
どうやら、今日も千鶴の取り合いが始まりそうな様相。
「平助は巡察の報告したの。」
「したに決まってんだろ!あとが怖えじゃん。」
藤堂の脳裏に浮かんだのは誰だろうか。
幹部連中が怖がる人物といえば、鬼副長くらいだからその人だろう。
「平助なんかほっといて、千鶴ちゃん何して遊ぼうか。」
爛々と輝く何か企みを隠した笑顔で沖田が千鶴に言葉をかけた。
「えっあの。」
その笑顔の裏に気付いたか、千鶴がおどおどと発する。
「なんかってどう意味だよ、総司!俺だって千鶴に」
「千鶴に、なんだ?平助。」
また最後まで言わせてもらえない藤堂。
藤堂の言葉を遮ったのは原田だ。
原田の隣にいた永倉が、千鶴を見てよっ!と声を掛けた。
「原田さん、永倉さん、こんにちは。」
永倉に答えるように千鶴がペコリと挨拶すると、永倉はニカッと満面の笑みを作った。
「千鶴ちゃん、これから左之と甘いもんでも食いに行かねえか?」
「なんか新しく出来た店がいいらしいんだ。」
原田が重ねて千鶴を誘う。
「いえっそんな。」
申し訳ないです、と千鶴は両手と顔を横に振る。
「遠慮すんなって。せっかく俺が奢ってやるんだ。」
「でも…。」
「そうだぜ、千鶴ちゃん。」
「それともこのあと何かあるのか?」
「左之さんに新八さん、邪魔しないでくれます?
僕が千鶴ちゃんに先に話し掛けたんですから。」
原田の問いに、千鶴が答えるより早く沖田が答えた。
「何言ってんだよ、俺が最初なんだぞ!」
わたわたと慌てる千鶴をよそに、藤堂が三人に抗議をした。
「平助、あまり大声を出すな。雪村が困ってるだろう。」
宥めるような声の主は斎藤であった。
「斎藤さんも確か巡察でしたよね、お疲れ様です。」
「ああすまない。」
「一君も千鶴ちゃんに何か用なの?」
「用といえばそうだが、そうじゃないといえばそうだ。雪村、このあとだが」
「一君!俺だけじゃねえよ!」
「いや、一番煩いのはおまえだ、なあ左之。」
「だな。千鶴、こいつらほっといて行くぞ。」
「あ、あの皆さん…。」
千鶴が困り果てたところに、襖の開く鋭い音がした。
その音に肩を竦めたのは、千鶴と藤堂だ。
「千鶴!」
姿を現したのは土方だ。
鬼副長の二つ名のような機嫌の悪い顔をしたまま千鶴を呼んだ。
「はいっ。」
反射神経なのか、千鶴は土方に向き直って返事をする。
「土方さん、そんな怖い顔してたら千鶴ちゃんに嫌われますよ。」
沖田がニヤニヤしながら土方に言うが、
「おまえらがギャーギャーうるせえんだよ!」
と一喝が飛んで来るばかり。
「千鶴、出かける。おまえも来い。」
土方は、千鶴に視線を移すと、短く用向きを告げた。
「私もですか?」
「だからそう言ってるだろう。早くしろ。」
「はい!」
千鶴の表情が一瞬にして、明るくなった。
千鶴の返事に満足したのか、土方は背を向けて歩き出した。
「皆さんすいません。」
慌てて、その場にいる全員に頭を下げるとパタパタと土方の後を追い掛けていった。
その姿が見えなくなって、最初に言葉を発したのは沖田だった。
「あーあ。つまんないの。また土方さんに千鶴ちゃん取られた。」
落胆した沖田に、原田が諦めたように笑いながら慰めの言葉をかける。
「仕方ねえな。あの二人は。」
「ったくあの人も毎回毎回なんですか。
僕達が千鶴ちゃんを構ってるとまるで見てたかのように入ってきて、
いっつも千鶴ちゃん連れてっちゃうんだから、いい加減気付いてほしいんだけど。」
「副長はああいうお方だからな。」
「千鶴ちゃんのこと考えれば土方さんが来た時点でどうなるか見えてるよな。」
四人の話をよくわからないといった体で藤堂は聞いていた。
「何が?」
藤堂が聞くと、沖田が呆れたようにため息をついた。
「平助、気付いてないんだ。」
「何がだよ、総司!」
「僕、近藤さんのところに行ってこよう。」
納得の行かない藤堂をよそに、沖田はスタスタと近藤の部屋の方へと歩きだした。
「総司!」
「まぁまぁ平助。知らぬが仏って言葉があるだろ?」
今に追い掛けんとしていた藤堂の肩を掴み、原田が諭すように藤堂に言った。
「なんだよそれ。」
「いずれわかるさ。これからどうだ、島原行くのは。」
「ああいいけどよ。」
「のったー!」
丸め込まれたようで渋々頷いた藤堂とは反対に、永倉が嬉々として原田に賛同した。
「斎藤、おまえはどうする。」
「いや、俺は遠慮しておこう。あまり羽目を外さぬようにな。」
原田の誘いをやんわりと断った斎藤は、忠告の言葉を残し、そのまま歩き出した。
残った三人もやがて島原へと歩き出した。
今日も勝者は土方だ。
千鶴が幹部連中に囲まれていると決まって、最後に出て来て、何かと千鶴を連れていく。
土方本人は気付いていない。勿論千鶴も。
だから可愛いのだが、と誰もが思っていることは内緒である。
さて、月日は流れ、ここは箱舘の五稜郭。
かつていた幹部連中はここにはいない。
だが、相変わらず千鶴は隊士達に囲まれている。
変わらず愛すべき存在なのだろう。
ただ、変わったところもある。
それは土方と千鶴の関係性と互いが互いに抱く想いだろう。
その証拠に土方の行動は、かつての無自覚ではなく、明らかな確信を持って行われているのだ。
外回りから土方が帰ってきたようだ。
目敏く囲まれている千鶴を見付ければ、
「千鶴!」
と名を呼ぶ。
ここまでは同じ。
「土方さん、おかえりなさい。」
千鶴が駆け足で土方の元に寄る。
それを待って土方は歩きはじめた。
「なんか変わったことはなかったか。」
「大丈夫です。あ、あとでお茶お入れしますね。」
「ああ、頼む。」
外套を千鶴に渡しながら、それまで千鶴を囲んでいた隊士達の横を通る時、一睨みしていった。
鬼と呼ばれた男の睨みである。
隊士達は硬直したように動きを止め、
申し訳ありませんでした、と頭を下げそれぞれの持ち場へと戻っていった。
ほら、ね?
直後、土方の口の端が上がったが、幸にも誰も気づかない。
もし、今ここにいない幹部連中がこれを見たら何と言い合っていただろうか。
知りたいような知りたくないような。
それは幹部連中の胸の中。
4000hitな〜土方くまさん様より
「みんなに愛される愛らしい千鶴ちゃんを無自覚にかっさらっていく土方さん」
この度はリクエストありがとうございました!お待たせして申し訳ありません
ご期待に応えられたえしょうか…。なんかすいません!ありがとうございました。
うまく無自覚にかっさらっていく土方さんが書けてるといいな…
愛されてる千鶴ちゃんを書こうと思って幹部の皆さんに登場してもらいました。
こんなお話になってすいません。駄文でよろしければお持ち帰りいただけたら幸いです。
感想や苦情いただけたらと思います。というか、書き直しいつでも受けますのでおしゃってください!
また、お暇なときにでも、サイトに来ていただけたらと思います。