「そういえば君達、知ってる?」

唐突に切り出したのは大鳥さんだった。
千鶴も俺の横で首を傾げている。

このところ、大鳥さんは毎日のように俺の部屋に来る。
いや、事実毎日だ。
おかげでいつの間にか千鶴と二人で茶を飲む時間が一日一回、
大鳥さんと千鶴と三人でお茶を飲むことになった。
用があろうとなかろうと来るもんだから困る。
ついでに、俺がどんな反応しようと構わず居座るから余計困る。

「唐突になんだ。」

今日も、結局は大鳥さんと千鶴と、千鶴が煎れた茶を飲んでいた。
全く前触れもなく話し出すことはままあったが、
こうも話の先が見えないとどういう反応していいか正直わからねえ。
いい加減、大鳥さんのこの性格にも慣れてきたがな。

「僕、最近榎本さん達に言われることがあってね。」
「ついに榎本さんもあんたが手に負えなくなったのか。」
「まさか。君のところに行くのは控えたらどうだって言われるんだ。」

少し寂しげに大鳥さんは言っているが、榎本さん達が言うことが正論だと思うがな。
第一仕事の邪魔である。
何より、こうも千鶴との時間を邪魔されるのもなんだか気に食わねえし。

「榎本さん達もわかってるじゃねえか。」
「そう!そうなんだよ!」

急に大鳥さんの顔が明るくなって、底抜けに嫌な予感がする。
恐らく俺が露骨に顔を顰めたのだろう、千鶴が

「どうかされましたか?」

と小声で聞いてきた。

「いや、なんだか嫌な予感がしただけだ。」

そしてなんとなく千鶴が絡んでいるような気がするの俺の気のせいか?
とりあえず千鶴にはなんでもないと言い置いて、
ニコニコと笑顔を浮かべている大鳥さんを直視する。
人のいい笑顔とはよく言ったものである。
この笑顔の裏に一体何が隠れているのか、周りの連中は何も気付いちゃいねえ。
俺から言わせればとんだ詐欺師だ。

「嫌な予感とはひどいなぁ、土方君。
 せっかく僕は君にとっておきの情報を教えてあげようと思ったのに。」

今度は大袈裟に両手を挙げ肩を竦める様な仕草をしやがった。
こういう時は大体ろくなことがない。

「誰も頼んでねえだろうが。」
「あれ?そうだっけ。まぁどっちてもいいや。
 でね、君達、幹部の面々からなんて思われてるか知ってる?知らないでしょう?」

さすがにこれには俺も思考が追いつかない。
何が言いたいんだ、この人は。

「陸軍奉行並の土方さんと、私は土方さんの小姓、じゃないんですか?」

千鶴も不思議そうに目を見開いている。
俺はそれ以上に想っているのだが、千鶴の認識としてはそうだろう。
第一、誰かに紹介する時は俺の小姓だと紹介していることの方が多い。
勘のいい奴や察しのいい奴は、千鶴が俺の女だという認識でいるだろうが、表立ってそれは出さねえ。
幹部の認識もそんなもんだと思っているが。

「それがね、僕達はみんな違うんだ。
 僕はこうして君達を近くで見ているから今はまだ違うってわかってるんだけど。」

大鳥さんはやけに【今はまだ】というところをやけに強調して言う。

「もったいぶらねえでさっさと本題に入りやがれ。」
「榎本さん達五稜郭の幹部は、君達のこと夫婦だと思ってるんだ。
 雪村君は、君の小姓さんじゃなくて、君のお嫁さんだって認識だよ?」

さらりと大鳥さんは告げた。
ほら、ろくでもねえ。
今度こそ見事に俺の思考はいったん止まった。
千鶴も息を呑むような気配があったから、同じようなもんだろう。
ほんの僅かな沈黙。

「はぁ?」
「えええっ?!」
「さすがだねえ。息がぴったりだよ、君達。」

楽しそうなのは大鳥さん一人だ。

「まったく…一体なんだってそんな話になってんだ?祝言あげてねえだろ。」
「ししし祝言っ?!」
「落ち着け千鶴。」
「だっだって!」
「ああもしかしてもしかしなくても上げる気だった?」
「あ?だからなんでそういう話になったのか、大鳥さん、
 あんたなら知ってるんだろう?話してもらおうじゃねえか。」

真っ赤になってあたふたしてる千鶴は可愛いが、ここはまず大鳥さんを問いただすのが先だろう。
最初から話す気でいたのか、単にこの人には効かなかったのか、
眼光鋭くして見たっていうのにちっとも表情を変えやしねえ。

「だってほら、君は雪村君を仙台に置いてきて、
 だけど、雪村君は土方君を追ってここまで来て、そんな雪村君を君は受け入れたわけでしょう?」
「でもそれは…!」
「それはそうだが…それだけでか?」
「理由としては十分だよ。それに。」

一度言葉を切ると、にっこりと笑顔を深めた。

「それに、なんだ。」
「雪村君が来てからの君、まるで別人のように変ったからね。
 あれだけギスギスしてた榎本さんでさえ遠慮するようなものを発してた人が、これだよ?」

自慢げにびしっと指差されては気分がよくねえな。

「これってどういう意味だ。俺は変わったつもりはねえぞ。」
「いいや、変わったね。
 雪村君が来てから君はよく笑うようになったし、纏ってるものも穏やかになった。
 榎本さんも雪村君が来てくれてからの君はとても安心して見ていられるって言ってたよ。
 そんな風に土方君を変えられた雪村君はいい細君だねーってみんなで語ってるんだ。」
「えと、あの」

何かを言いたいらしいが、動揺しちまってるのか、言葉になっていない。
仕舞いに、助けを乞うようにこちらを見上げられては、別の意味で困る。
他の野郎の前でこういう顔は…千鶴の事だから大丈夫だろうが、と思い至ってとあることに思い当たった。

「そうか。大鳥さんよ、いいこと教えてくれたな。」

どうだと言わんばかりに、嬉しそうに、いや楽しそうにしている大鳥さんにニヤリと笑う。

「土方さん!」

すると、これでもかと耳まで赤くなった千鶴が、
抗議の声をあげるが、それは今は無視することにした。

「そうだろう?」
「せっかくお偉いさん方がそう思ってくれてるんだ、わざわざ訂正することでもないだろうよ。」
「君ならそう言うと思ったよ。」
「訂正してください!」
「必要ねえよ、千鶴。だったら大鳥さん、少しここへ来ることを控えちゃくれねえか。」
「それは無理な相談だよ。でもそうだねぇ。」

大鳥さんの視線が、まだ何かを言い続けている千鶴をちらっと見、心得たと胸を張った。

「今日は雪村君に免じて退室させてもらうよ。」
「大鳥さん?!」
「ああそうしてくれ。」
「雪村君、お茶ご馳走様。」

ひらひらと手を振った大鳥さんが部屋を出て行くと

「土方さん!どういうおつもりなんですか?!」

と途端に千鶴が声を張り上げた。
本人は怒ってるつもりだろうが、顔も赤く、やや潤んだ瞳で睨まれても可愛いだけである。

「なにがだ?」
「!そっその…私が、ひ土方さんの……あの…。」
「ああ、おおまえが俺の嫁だって榎本さん達に思われてるってことか。」

そう言ってやれば、再び千鶴は言葉に詰まった。
本当色恋沙汰に関しては初心な反応を見せやがる。

「千鶴はイヤなのか?」
「?!」

何かを言おうとしているのか開きかけた口が、金魚のようにパクパクと動く。

「ん?」

促すようにして待っていると

「…ぃ……ゃ…ぃ………。」

千鶴の聞き取ることも出来ないくらいのか細い声が聞こえてきた。

「聞こえねえぞ?」
「…イヤじゃないです!」

ほぼ投げやりのように投げられた言葉は、わかってはいたとはいえ嬉しいものだ。
そのままぷいっとあらぬ方へと顔を背けた様も、
あまりにも可愛いものだから思わずその華奢な体を抱き寄せた。

「きゃっ?!」

まったく予想していなかったのだろう、
短い悲鳴が聞こえたかと思うと、あっさり俺の腕の中に納まった。
その身が少し、緊張なのか硬くなる。

「土方さん!離してください!!」

俺の体を押して離そうとするものの、力の差でそれは敵わない。
やがて観念したのか、体から力が抜けていった。

「その方が都合がいいしな。」
「何がですか。」
「お偉いさんが俺達のことをそう思ってくれてるってことは、
 俺の女だってことが認められてるってことだろう?
 だったら訂正する必要もねえし、何かとうるさい悪い虫が減って好都合なんだよ。」

千鶴の目が驚きに見開かれた。
一つ瞬きをしたかと思うと、顔を俺に見たれないようにしているのか、千鶴は俺の胸に顔を埋めた。

「なんかずるいです…。」

ポツリとそう言ったのが聞こえた。
思わず笑いそうになるが、
なんだかここで笑ってしまえば千鶴の機嫌を損ねそうだったから堪えることにした。

「だから千鶴、もし榎本さん達になんか言われても否定すんじゃねえよ?」



それから一年と少し後、本当に本当の夫婦となり共に暮らす日が来ることになる。
が、この時の二人にはまだちょっと遠いお話。









8888hitりり様より
「五稜郭で、千鶴が土方を追いかけてきた事が
幹部全員に知れ渡っていて【土方の嫁】と認識されている、と言う話を大鳥から来た二人の反応」

この度はリクエストありがとうございました!お待たせして申し訳ありません
ご期待に応えられたでしょうか…。なんかすいません!ありがとうございました。
函館の三人組が大好きなので、リク頂いてから意気揚々と書き始め、楽しく書かせていただきました。
二人の反応ということでしたが、主に土方さん一人の反応になってしまったような感じが…すいません。
こんなお話になってすいません。駄文でよろしければお持ち帰りいただけたら幸いです。
感想や苦情いただけたらと思います。というか、書き直しいつでも受けますのでおしゃってください!
また、お暇なときにでも、遊びに来ていただけたらと思います。