その花を開花させたのは、間違いなく土方だった。
綺麗に艶やかに、だけど慎ましくひそやかに咲き誇る、彼好みで彼だけの花。
そのことにひどく満足し、喜び、誰よりも惚れた女との日々を幸せに感じていた。


それはある日の出来事。

久々に函館の街に出た二人は手を繋ぎ、多い人々の合間、はぐれないように寄り添っていた。
隣で嬉しそうに微笑み、繋がる手に少し頬を染めたように見える妻の様子に、
愛しそうに目を細めていた土方だが、あることに気付く。
その目を引かずにはいられない綺麗な妻の姿に向けられた数々の視線。
けれど、それに気付かない千鶴。

どこか控え目といえばいいのか、
自分がどれほど土方にとって心奪われるほどの女性になっているともしれず、
自分には女としての魅力があまりないと思っている。
それこそ最初に保護した時は、少女というよりは少年に近く、土方も餓鬼だ餓鬼だと思っていた。
いつしか少女に、そして女性へと確かに成長し、生娘だった千鶴が、
男を――土方を知ってからは、より一層女としての魅力を開花させていった。

大事に大事に愛でた花は、色付きを増し、馨しい甘い香りを匂い立たせている。
緩くまとめられた漆黒の髪、動く度に微かに覗く透き通るような白いうなじ、
ふわりと浮かぶ微笑、白い頬に時折うっすらと浮かぶ淡い薄紅、柔らかな口唇。
それだけでなく、内側に香る千鶴の色香は、本来土方にのみ向けられた花は、
隠せることが出来ないほど咲き誇っていたのだ。

やがて土方が函館に来てからよく立ち寄るようになった古書店にさしかかった。

「千鶴、ちょっと寄っていいか?」

聞く形は取っているものの、千鶴の手を引き、土方は古書店に向かって歩きだした。

「はい。」

最初は素直に頷いた千鶴だったが、その先の店が気になって、

「土方さん。」

すぐに土方を呼び止めた。

「どうした?」
「土方さんは、こちらのお店を見ていらして下さい。
私、あそこのお店を見てきたいので。」

千鶴は、その店の方を指差す。
そこはどうやら、女物の装飾品を扱っているお店らしい。

「ここの後じゃダメか?」

土方は気が気じゃなくなっていた。
土方としては、この状況で千鶴を一人にすることはあまりしたくはなかった。

「そういうわけでは…。
でも、時間を無駄にせずに済みますし、付き合わせては申し訳ないですから。」

そんな土方の気持ちは露ほど知らず、あくまで千鶴は、別行動を取ると言っていた。
それが、土方への気遣いやこれからの予定を思ってのことだということは、
土方も重々わかっていたのだが。

「何言ってんだ、いつおまえの買い物に付き合うのが嫌だって言ったか。俺はむしろ――」

土方がまだ何か言おうとした時、するりと千鶴の手が離れた。

「おい、千鶴!」

こういう時、行動が早いのは千鶴の方である。

「じゃあ土方さん、またこのお店の前で。」

ニッコリと綺麗な笑顔で笑われると、土方も何も言えない。

「わかったよ。だが、千鶴、気をつけろよ?」

死地に向かうように言う土方がおかしくて、千鶴は思わず笑った。

「大丈夫ですよ、土方さん。ここは戦場じゃないんですよ?私も子供じゃありません。」

千鶴は、自分のことにおいては無自覚だった。
特に自分のことには鈍い千鶴は、自分に向けられた視線に気付いていない。
そして、自分が備えている女としての魅力についても。

「いいか?何かあったらすぐに俺のとこに来い。」

念を押すように言われ、真剣な色を帯びた土方の視線に出会い、千鶴は

「わかりました。」

と、ふわりと頷き、千鶴はありがとうございますと目的の店へと歩きだした。
土方は、盛大なため息を一つつくと、諦めたように店へと入っていった。
しかし、やはり胸騒ぎがするようで落ち着かず、一冊取った本を見ることなく本棚へと戻した。

「なにもなけりゃいいが。」

土方は、自分に言い聞かせるように呟くと、店の外へ出た。
すると、

「なんだ?」

土方がいる少し先で小さな人だかりが出来ている。
それも男ばかり。
確かあそこは――

「ったくだからあれほど言ったのに。」

土方は派手に舌打ちすると、人だかりへと駆け出していた。
そこは、千鶴が見たいと言っていた店の筈だ。

「俺とお茶でもしようよ。」
「何か気に入ったものがあるんなら買ってやるよ。」
「俺が最初に声かけたんだ。」
「こいつなんかより俺にしなよ。」

近付けば聞こえる、誰かを口説こうとする幾つもの声。

「おい千鶴!!」

小柄な千鶴は姿が見えず、より土方の不安を呼んだ。
たまらず、怒鳴るように大声で妻の名を呼んだ。

「千鶴!!」
「土方さーん……。」

消え入りそうな千鶴の声がした。
やはり、この人だかりの中だ。

「千鶴、こっち来い!」
「無理です……。」

これだけの男に寄られたのは初めてだろう。
屯所時代や五稜郭にいた頃も、男だらけの中にいたが、みんな知った顔だし、
向けられた好意はどちらかといえば仲間としてのものが多かった。
下心ある好意を向けられてどうしていいかわからないのか、こわいのか、
泣き出しそうな声になっている。

「ったく!おい、おまえらどけ!」

声を荒げた土方に、千鶴を囲っていた男が気付く。

「なんだい、兄ちゃん。
この女は俺らが先に見付けたんだ、邪魔しないでくれねえかな。」

敵意丸出しの視線に、土方は殺気丸出しの視線を投げ返す。
男がずさり、と一歩後ろにひいた。

「どけって言ってんのが聞こえねえのか?」

更に低さを増した土方の声は、京にいる頃と同じだ。
鬼副長と呼ばれたあの頃と変わらない。
違うのは、焦りのが色が見えていたこと。

「なんだこいつ…。」

鬼の形相とはこのこと。
眉吊り上げ、刃のように視線は鋭い。
そんな土方を見た男が一人、また一人と後ろに下がり、漸く妻の姿を確認できた。

「千鶴!」

名を呼ぶと、千鶴が土方へと振り向いた。
怯えからか、微かに潤んだ瞳。
何かを言おうと開いては閉じる口元。
身を固めるように、胸の前で手をぎゅっと握る、幼さの残る仕種。

まるで誘ってるみてえじゃねえか!

土方はその姿に焦った。
まだ男達は隙あらばと千鶴の傍を離れようとはしない。
それどころか、

「なあこんな怖い兄ちゃんほっといて、俺らと楽しいことしようぜ。」

何人かの男が千鶴を連れていこうとしていた。

「どけ!!」

荒々しく吐き捨てると、自分の近くにいた男を手で払い、
片方で千鶴を引き寄せ、男達と千鶴の間に自分の体を入れた。
そして、自分の腕の中に戻ってきた千鶴を、力いっぱい抱きしめた。

「危ねえ……。」

安堵の声がまじった吐息が、千鶴の頬を掠めた。

「人ん家の女房に手出してんじゃねえ。」

かつて、鬼副長と言われていた男にだ。
それだけで人を斬れる視線と、地を這う声に、
千鶴を囲っていた男達はみな、口を閉ざし、顔色を青くした。

「千鶴、帰るぞ。」

男達を一瞥すると、千鶴を抱き寄せたまま足早にその場を離れていった。

「は、はい。」

帰路へと着き、街の喧騒が途切れるまで土方は黙々と足早に歩いていた。
静かになったところで、やっと土方は足を止めた。

「大丈夫か?」
「怖かったですけど……何かされたわけではありませんから…。」
「ならいいが……。だからあれほど気をつけろと言っただろう。」

土方は、無事を確認すると、説教を始めた。

「すいません。まさかこんなこととは思わなくて。」
「だから一人にしたくなかったんだ。
一体どれだけの野郎がおまえのことを見ていたと思ってたんだ?」
「そうだったんですか?」

やっぱりか…と千鶴の反応に、土方は脱力した。
いつもと違う夫の様子に、どうしたのだろうと千鶴は土方の顔を見る。

「あのな、千鶴。頼むから少しは自覚してくれ。
おまえはいい女なんだ。そのおまえが無防備だと、俺の気がもたねえ。」
「そんなこと言われましても、私は…。」

自分は違う、と言おうとした千鶴を、土方は抱きしめることで封じた。

「おまえは綺麗だ。いい女だよ。」

囁くように、千鶴の耳に言葉を送る。
くすぐったそうに千鶴が身をよじった。

「いい女過ぎて困るくらいだ。
この俺をここまで焦らせたのは千鶴、おまえが初めてだよ。
さっきも千鶴を誰かに取られるんじゃないかとどれだけ焦ったか。気が気じゃなかったぜ。」

千鶴は、さっきの様子を思い出した。
京にいた頃も、北へ北へ転戦していた頃も、蝦夷に来てからも、
ここまで冷静さを欠いた土方を見たことがなかった。

「そういえば、あんな風に落ち着きのない土方さん初めて見ました。」
「そういうことだ。だから、千鶴は自分に自信を持って、自覚してくれ。」

懇願するように聞こえた土方の声に、可愛らしく笑い声を立て

「はい。」

そう頷いた。

「土方さんの傍から離れないようにしますね。だから…。」

言い淀んだ千鶴に、土方は腕を緩め、視線を合わせることで促した。

「ちゃんと守ってくださいね?」

千鶴の言葉に、土方は目を見開き、そして、柔らかく微笑んだ。
愛おしい、と視線で伝えながら。

「かなわねえよ、おまえには。今日もみっともねえとこ見られちまったし。」
「私は土方さんの新しい表情が見れて嬉しいです。」

花のような笑顔を向けて千鶴が言った。

「うるせぇ。」

目元に少し朱を挿して、土方が視線を逸らした。
珍しくころころ変わる土方の表情に、千鶴はまたくすくすっと笑う。

「土方さん、帰りましょう。」

二人だけの時間に、そう千鶴は土方の手を取った。
笑顔で頷いて、千鶴の手を握り返して歩き出す。
変わらずニコニコと笑う千鶴は、綺麗で目を細めずにいられない。
土方は思わず口にしていた。

「おまえは俺だけの花でいればいいんだよ。」
「え?」
「あ?いやなんでもねえ。当分函館に行くのはやめだ。」

機嫌が悪い子供のように言い放った土方は、繋いだ手を離し、千鶴の肩を寄せた。
咲き誇った甘い花を、誰にもやるものかと無言の主張をしているかのように。
多少の自覚をしたところで、きっと、
千鶴が土方の為に咲かせた花の香りは、隠し通せないだろう。
自分だけの、とはいうものの、土方の予想以上に咲いた花だ。
だったら、自分がしっかり守らなければ、と、今日みたいなことはごめんだからな、と、
腕の中に伝わる温もりと、目が合えば頬を染める愛らしい姿に改めて思うのだった。







1222hitみのり様より
「ED後で、あまりにも妖艶で美しい女性になった千鶴に多くの男性が寄って来る。その事態に焦りまくる土方さん。」

この度はリクエストありがとうございました!
ご期待に応えられたえしょうか…。なんかすいません!
果たしてリクエストに沿えたかどうか…無駄に長くなってしまいましたし…。
でもどんな風に土方さんを慌てさせるか、考えてて楽しかったです。ありがとうございました。
こんなお話になってすいません。駄文でよろしければお持ち帰りいただけたら幸いです。
感想や苦情いただけたらと思います。というか、書き直しいつでも受けますのでおしゃってください!
また、お暇なときにでも、サイトに来ていただけたらと思います。