まさに、自分達が茹で上がり蒸されるのではないかという、そんな暑さが京の夏にはある。
まだ、日が頂点に昇っていないというのに、
雲ひとつない真夏の晴れた日は、”京らしい”夏の暑さを演出している。
土方は季節変わらず文机に向かっていた。
暑い。
そう思うなら、せめて常と変わらず締め切っている障子を
開ければいいのだろうが、生憎とそうは行かないのが土方である。
密書の類を扱っている為、例え寄り付くのがせいぜい幹部だけといえど、
おいそれと見せられたものでもなければ、見せてはいけないものである。
一見、やはり常と変わらず、涼しげな何事もない顔している土方だったが、内心苛々していた。
というのも、聞こえてくる賑やかな声だろう。
朝の稽古を終えた幹部達の声が届いてた。
恐らくはかいた汗を流す為、動いて熱い体を冷ます為、
ただ単純に涼を求める為、各々で自然と屯所内に一つしかない井戸に集まっている。
「あれ?千鶴ちゃん、洗濯してるの?」
「はい。皆さん稽古終わったんですか?」
井戸の傍らで、自分より背の高い物干し竿に、洗濯物を干す千鶴が居た。
汗をかいて暑い暑い口々に言いながら表れた幹部に、にこやかに笑いかけた。
真っ先に声をかけたのは沖田だった。
すぐに、藤堂、原田、永倉、斉藤も思い思いに千鶴に声をかけていく。
「毎日暑いといやになるぜ。」
「そうでなくてもおまえは年がら年中暑苦しいぜ、新八。」
「今日の昼の巡察って一君だったけ?」
「そうだが。」
「この時期の昼の巡察って本当暑いんだよなぁ。」
賑やかな会話を聞きながら千鶴が手を動かしていると
「うわっ!総司何しやがる!!」
大きな藤堂の慌てた声が聞こえてきた。
何事かと振り返れば、結い上げても
腰まであるような長い髪から着物から、水を滴らせる藤堂の姿。
びっしょり濡れている。
「水被った方が涼しいでしょ?」
したり顔で楽しそうにしている沖田の様子から、どうやら沖田が藤堂に水をかけたらしい。
「だからっていきなりかけることねえじゃん!」
言いながら藤堂も負けじと沖田に水をかけるが、ひょいとよけられて永倉にかかった。
その横で原田がお腹をかかえて笑っている。
「道連れにしてやる!」
永倉が原田に水をかければ、原田も永倉に水をかけ返す。
あっという間にそこは水の掛け合いになってしまった。
「楽しそうですね。」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ幹部の声には届かない千鶴の声を拾ったのは斉藤だった。
「だが、この騒ぎで副長がお怒りにならなければいいのだが。」
「…ですね。」
広くない屯所だ。
すぐにでもこの騒ぎは部屋に篭って仕事をしている土方の耳に届くだろう。
騒ぎすぎれば、土方の雷が落ちることになる。
「止めなくて大丈夫ですか?」
「必要ねえ。」
斉藤に聞いた筈の千鶴の問いに答えたのは、唸るような低い声。
千鶴の体感温度が少し下がった。
気付いた斉藤が、その声の主を通す為身を引いたのと
「一君もやろうぜー!」
藤堂の威勢ある声と共に水が飛んできたのは同時だった。
勿論、水を被ったのは斉藤、ではなく。
「平助、俺に水をかけるとはいい度胸だ。」
うるさい幹部連中に一喝しにきたのか、
井戸にやってきた土方にものの見事に水がかかった。
そして、その隣にいた千鶴にまでその水がかかっている。
「千鶴にまで水をかけておまえは何をしたい?」
藤堂は完全に固まっている。
原田、永倉も何もしないのが得策と動きを止めていた。
「雪村、すまない。」
斉藤は、自分が動いたせいで水がかかったと、千鶴に小さく頭を下げた。
「いえ…。」
この状況をどうしてよいものかと思う千鶴は、ただ静かに首を振るしか出来ない。
「あっれー、土方さんどうしたんですかー?」
軽い身のこなしで、藤堂、原田、永倉からの
水攻撃をかわして無傷な沖田が、飄々と土方を構う。
「どうしたはこっちの台詞だ、総司。騒々しいと思えば案の定…。」
「土方さんも涼みに来たんですか?じゃあ、もっと水かけてあげましょうか?」
鬼の形相をする土方とは対照的に沖田は楽しそうだ。
「やめておけ、総司。今副長に水をかければ雪村にもかかる。」
「えーいいじゃん。もうかかってるし、千鶴ちゃんも暑いでしょ?楽しいよ。」
「いえ、私は…。」
「千鶴巻き込むんじゃねえよ、関係ねえだろうが!
これがお偉いさんとの面会前だったらどうしてくれる。」
「おおこわ。」
「総司…!!」
わざとらしく沖田が肩を竦めたのをきっかけに、原田、永倉が口を開いた。
「俺、昼飯の当番だった。そろそろ行かねえと。」
「源さんに力仕事頼まれてたんだった。」
そそくさとその場を去る。
どさくさに紛れて立ち去ろうとした藤堂は
「平助。」
と威圧するように呼ばれて、足が止まった。
「副長…。」
「斉藤は巡察の準備に行け。ああその前に手拭いを持ってきてくれ。」
「御意。」
短く返事をした斉藤は、土方越し沖田に目配せすると、一礼してその場を去った。
それが部屋に戻れという意味だと理解した沖田は
「僕も部屋に戻ろー。千鶴ちゃん、あと頑張ってね。」
なんとも意味深な言葉を残していった。
「平助。おまえはここの片付けと、千鶴の洗濯の続きを代われ。」
「なんで俺だけが!」
ポツンと一人残った藤堂が異を唱えるが、あっさり黙殺された。
故意ではなかったとはいえ、土方と千鶴に水をかけたのは藤堂である。
「…わかったよ。」
観念したようにぼそぼそと了承した藤堂を確認すると、千鶴の手を取り歩き出した。
「行くぞ。」
「え?あの?」
「いつまでぼさっとそこに立ってるつもりだ。」
途中で手拭いを持ってきたのだろう
斉藤から手拭いを受け取った土方は、千鶴の頭にそれを被せた。
「わっ。」
「ちゃんと拭いておけ。」
「でも土方さんの方が濡れてます!」
千鶴は先に歩き出した土方を慌てて追って、被せられた手拭いを土方に渡そうとする。
けれど、すぐに押し戻された。
気が付けば土方の部屋が見えている。
「俺の部屋はすぐだ。だから構わねえよ。確かに水を被った方が手っ取り早いな。」
てっきりまだ怒っていると思っていた千鶴は、きょとんと土方を見る。
「うるさくて苛々してたのは事実だが、水を被って風に当たったせいか
ずいぶんとすっきりしたんだよ。あいつらを怒鳴りにいって正解だったな。」
言葉どおりすっきりとした面持ちで土方はいる。
二人の足元には、雫が伝い落ちていた。
「ほら、おまえはさっさと体拭いて自分の部屋に戻って着替えてこい。
悪かったな、おまえにまで水かけちまって。」
「いえ、大丈夫です。涼めたと思えば。」
気遣う土方の声に、千鶴はふわりと笑って答えた。
「土方さんも一息出来たようですし。」
暑い夏の日にも、部屋にこもって書類と格闘し、
仕事に追われる土方を千鶴もまた気に掛けていたのだ。
朝は眉間に皺がよった厳しい顔で食事をしていた土方が、
今では晴れたような本来の表情を見せている。
「手拭い、お借りしますね。着替えてきたら、お茶をお持ちします。」
ぺこりと頭を下げて歩き出した千鶴を土方は呼びとめた。
「今かかえてる仕事が終わったら一段落着く。鴨川にでも涼みに行くか。」
「いいんですか?」
「暑い中頑張ってるのはおまえも同じだろう。
ただし、今日みたいなことになったら困るから、何かのついでになるがな。」
また水の掛け合いになって、ずぶ濡れになっては
敵わないと土方は笑って、はいと満面の笑顔を浮かべた千鶴に
「あとでいい。茶を頼む。」
と言い置いて、部屋の中に入っていった。
外は蝉の鳴く音がする。
じわじわと暑いその屯所を、暑さだけでなく頬を染めた千鶴がパタパタと足音を立てていた。
まずは濡れた着物を着替えて、それから勝手場に急ぐのだ。
そうして京の夏はまた、茹だる様な暑さの中過ぎていく。
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しょこら様より相互記念「屯所時代、みんなでワイワイ&土千」
この度はリンクしていただきありがとうございました!お待たせして申し訳ありません
これからもよろしくお願いしますー。
今夏真っ盛りですので、夏のお話を思いまして。あまり恋愛色強くなくてすいません。
ご期待に応えられたでしょうか…。こんなお話になってすいません。
駄文でよろしければお持ち帰りいただけたら幸いです。
感想や苦情いただけたらと思います。というか、書き直しいつでも受けますのでおしゃってください!
また、お暇なときにでも、遊びに来ていただけたらと思います。