部屋に戻った俺を千鶴は笑顔で迎えてくれた。
当初の予定より時間がかかってしまった。
思わずホッと肩の力が抜けたのが分かって苦笑してしまう。
外套を渡すとパタパタと雪を払ってハンガーにかけてくれた。
刀を置くと、暖炉の火が一番当たるソファへと一息つく。
「お疲れ様です。」
労いの言葉とともに、千鶴が俺の傍へと歩み寄ってきた。
「そういえば土方さん、夕食は食べられました?」
千鶴の言葉に、まだだったことを思い出した。
「ん?残ってねえのか?」
「はい、大鳥さんが土方さんはいらないとおっしゃっていたと……。」
今度は、脱力感を覚えた。
そんなことを言った覚えは全くないが。
大鳥さんは何をやってるんだ。
俺としては、千鶴の手料理が食べられる願ってもない機会となったが。
「千鶴、悪いがなんか作ってくれ。」
「何かご希望はありますか?」
千鶴は嫌がるどころか、なんだか嬉しそうだ。
「そうだな。出ずっぱりで冷えたから、温まるもんが食いたい。」
「温まるもの、ですか?」
俺の希望に千鶴は少し逡巡する。
その姿も何とも可愛らしいものだ。
「ああ。おでんとかいいな。」
俺の提案に、ぱっと顔を明るくした。
「わかりました。ちょっとお時間かかるかもしれませんが大丈夫ですか?」
「構わねえよ。言い出したの俺だからな。」
じゃあ作ってきますね、と駆け足で出ていく千鶴の後ろ姿に思わず目を細めた。
「あ、千鶴。」
そういえば、と昔屯所にいた頃のやり取りを思い出した。
それでなのか、まさに部屋を出ようとしていた千鶴を呼び止めた。
千鶴は、心得てます、と言わんばかりに笑ってみせた。
「江戸の味付けで、ですよね。」
「わかってるじゃねえか。」
「もう何年土方さんのおそばにいると思ってるんですか。」
もしかすると、千鶴も思い出したのかもしれない。
千鶴の様子を見てそんなことを思った。
「なんか屯所にいた頃を思い出しますね。」
ああやっぱり。
千鶴は、そう言って楽しそうに部屋を出ていった。
今思えばだいぶ懐かしい記憶だ。
まだ新選組が新選組だった頃――そう言っちゃおかしいか。
近藤さんがいてみんながいて、
ああでも、あの時は斎藤と平助が伊東さんとこに行ってた頃か。
あの時はまだ――いや、今思えば少しずつ千鶴が気になっていたのかもな。
「楽しそうだねえ、土方君。」
突然聞こえた声に驚いた。
声がした方に向くと、ドアにもたれ掛かる大鳥さんがいた。
「何かいいことでもあったのかい?」
「あんたか…。なんでもねえよ。大鳥さんこそ何か用か。」
「土方君が戻ってきたと聞いてね。」
人のいい笑顔、とはよく言ったものの、
今の大鳥さんの笑顔は総司のものとどこか似ていた。
「あんたには夕飯までには戻ると言った筈だが」
「あれ?夕飯までには間に合わないって話じゃなかったかな?」
ため息が思わず出た。
「そのおかげで雪村君の手料理が食べられるからいいじゃないか。」
つまり、確信犯ってわけか。
「おでんだっけ?いいなぁ。」
なんで大鳥さんがそのことを知ってるんだ?
今ここに来たってことではなく、話を聞いてたってことか。
この人には立ち聞きという趣味でもあるのか?
「大鳥さん、もしかしてあんた…」
「聞かせてもらったよ。」
これまたため息つく以外ない。
が、次の大鳥さんの言葉にはそれこそ突拍子のないものだった。
度肝を抜かされるとはこのことか。
「一体いつ祝言あげたんだい?」
いつもの口調でさらりと言われた言葉に、理解が遅れる。
「はあ?」
「まるで長年連れ添った夫婦の会話だったよ。」
「祝言なんてあげてねえよ。こんな時に。」
何を言い出すかと思えば…。
今、俺の顔は不機嫌な顔をしているんだろう。
だが、この人は一切効かねえ。
にこにこ相変わらず人のいい笑顔を浮かべている。
どこか楽しそうに。
そうそうとこの話題を切り上げたい。
これ以上何か言われる前に、だ。
だが、それはかなわないこととなった。
「僕としては構わないんだけど。だって君達見てると仲がいい夫婦そのものだよ。
それに雪村君に【何年お傍にいると思ってるんですか】って言われちゃって。
だから僕はてっきり祝言でもあげたのかと思ったんだよ。」
「それはだな――」
「それに、土方君の好みしっかりわかってるみたいだし。」
「あいつも江戸の出で――」
「だからって土方君が江戸の味が好きってことに繋がらないと思うなぁ。
というか、あの時の君達以心伝心だったよね。」
「だからな――」
「【屯所にいた頃を思い出しますね】って、君達、そんな時から想い合ってたの?」
「そんなんじねえよ、屯所にいた頃に――」
「それとも雪村君とのいい思い出でもあるのかい?だからあんなに笑顔だったんだね。」
「………もういい。」
俺の反論など聞く耳を持たないというか、本当のところ反論が出来ない。
大鳥さんは実に楽しそうだ。
その通り、言葉を重ねていく大鳥さんの声がからかいと楽しみの色が増えている。
まさかこの俺が勝てそうにないとは。なんとも不愉快だ。
そしてなんだこの居心地が悪いというか、照れくさいというか、この感覚は。
最後には、投げてしまった。
千鶴とは別の意味でかなわないかもしれない。
そして、総司よりも厄介かもしれない。
「でも土方君。」
笑顔とからかいや楽しみの色はそのままに、口調だけ改まった。
何かまたからかわれるのでは、と身構えた。
「今度はなんだってんだ。」
「ああいうやり取りするの、悪くないって思ってるでしょ。」
大鳥さんの言葉はまさに直球だった。
そして、何故か俺の心見透かしたように言う。
俺自身どこかで望んでいるのか、
さっき交わした千鶴とのやりとりに確かに一種の心地よさを感じていたのだ。
それを大鳥さんに指摘されたことが、この上なく面白くない。
「……悪いか。」
あっさり認めるのは癪に障る。
大鳥さんから目を背けて、ぶっきらぼうに答えた。
「あはははは!」
大鳥さんがおかしそうに笑い出す。
だからなんなんだ!
明らかに分が悪い。
「土方君、君もしかして照れてる?それとも拗ねてる?
雪村君が夢中になるのもわかるなぁ。
まさか君のそんな表情が見れるとは思わなかったよ!」
「………。」
もう黙り込むしかない。
言い返そうもんなら、今はとことんからかわれるに違いない。
早く千鶴帰ってこねえかな。
帰ってきて千鶴でも遊ばれても困るが。
それでも今の状況が続くよりいいかもしれねえ。
「いやあ、土方君、もし祝言を上げるときには必ず僕を呼んでくれたまえ。
なんたって僕は君の上司だからね。」
「誰があんたなんか。」
「いいなぁ、僕もさっきの君達みたいな会話してみたいな。
うん、君達みたいな夫婦になりたいよ。どうしたらなれるんだい?」
「俺が知るか!」
「おやおや、そんなに怒鳴らなくても。」
と、そこへ美味しそうな出汁の香りと、千鶴の足音がした。
つい、顔が緩むのが自分でもわかった。
「おいしそうなにおいだね、土方君。」
「あいつの料理はうまいんだよ。」
千鶴が膳を持って部屋に戻ってきた。
「あ、大鳥さんいらしてたんですか。」
「俺をからかいにな。」
不機嫌になった俺に、千鶴が目を丸くする。
「どうかされたんですか?」
「だから大鳥さんにからかわれたんだ。」
「珍しく土方君、言い返せなかったんだよ。」
「ばっ大鳥さん余計なこと言うな!」
言ってほしくない一言を言われて、俺は思わず焦った。
「ふふ、珍しいですね、土方さんが何も言い返せないなんて。」
千鶴が楽しげに笑う。
今度はある種のいたたまれなさを感じた。
「おや?」
大鳥さんが目敏く俺の表情の変化に気付いて声を弾ませる。
幸いにというべきか、
千鶴はこちらに膳を運んできたところで気付かなかったようだ。
カタン、と千鶴が膳を置いていく。
そこには見目にうまそうなおでんと、
ご飯、沢庵、小鉢が置いてあって、思わず目を細めた。
「美味しそうだねぇ。どれどれ。」
横から大鳥さんの手が伸びてきた。
それを手でなく、睨むことで制止させた。
「大鳥さん、その手はなんだ。」
いくらか調子を取り戻した俺がわざと低く言えば、
その手を止めて大鳥さんは素直に引っ込めた。
「大鳥さんにはやんねえよ。
全部俺のだ。大体さっきは俺で随分遊んでくれやがって。」
「どうやら僕は退散すべきなようだね。
これ以上二人の邪魔をしたら怒られそうだ。」
大鳥さんの言葉に千鶴少し顔を恥ずかしそうに俯かせる。
「ああそうしてくれ、今日の借りは絶対返してやるから覚えとけ。」
俺はひらひらと大鳥さんに手を振った。
「これは怖い怖い。
じゃ、今日はゆっくりしてくれよ。明日は多少遅くなってもいいからね。」
含みのある言い方をした大鳥さんは、
「雪村君のご飯の感想、明日聞かせてくれよ。」
と俺にだけ聞こえるように言い、
おやすみーとやっぱり人のいい笑顔を浮かべて去っていった。
まったくあの人は…。
今日何度目かもしれないため息をつく。
「あの…。」
もしや自分の料理でなにか粗相があったのかと思ったのか千鶴が恐る恐る聞いてくる。
「あ?ああ今のは大鳥さんにだ。気にすんな。」
千鶴に笑いかけてやると、安心したように笑みを戻した。
ちょいちょいと手招きすると、今度は首を傾げる。
もう片方の手で自分の隣をぽんぽんと叩いて
「千鶴、ここに来い。」
と呼んだ。
千鶴は、少し頬を染め、それでも
「…ぁ、はい。」
と小さな声で頷き、おずおずとやってきて座った。
さすがにもう大鳥さんに聞かれてはいないだろう。
その細い腰に手を回し、自分の方へと引き寄せる。
「ひっ土方さん?!」
「構わないさ、飯は食える。」
慌てる千鶴を尻目に、用意された温かな食事に手をつける。
懐かしい江戸の味付けが口の中に広がる。
ちょっと熱めのおでんは、やっぱりうまかった。
いつのまにか耳まで染めて、俺の方に身を委ねている。
「ん、うまい。おまえまた料理の腕をあげたか?」
嬉しそうに顔を上げた、千鶴は俺と目が合うと今度は目を逸らす。
自然と零れる笑み。
大鳥さんに言われたわけじゃねえが、
いつかこいつと祝言を上げられて夫婦として暮らせたら、と思う自分がいる。
先の戦に死に場所を求めている筈の自分が、まさかこんなことを思うとは思わなかった。
激しい戦が待っている。夢のような話かもしれない。
それでもそう願っちまうのどうしてだろうな。そんな日が来ればいいと。
「これからが楽しみだな。」
しかし、大鳥さんにからかわれるのはごめんだ。
大鳥さんのあの様子じゃ明日また何かからかわれるのは目に見えている。
千鶴とのいつかが来る前に、そんな風に大鳥さんにからかわれる毎日になるのか。
なんとも気に食わないし、そう思うとげんなりする。
でも今は、千鶴の作った美味しいご飯に舌鼓を打つとしよう。
1500hit空様より
「函館時代で、千鶴とのやりとりを、大鳥さんにからかわれる土方さん。。」
この度はリクエストありがとうございました!
ご期待に応えられたでしょうか…。なんかすいません!
うまくからかわれた土方さんの様子を書けたかどうか…。
ひたすら大鳥さんに言われて反論さえ許されない会話は考えててとんでもなく楽しかったです(笑)
ありがとうございました。
こんなお話になってすいません。駄文でよろしければお持ち帰りいただけたら幸いです。
感想や苦情いただけたらと思います。というか、書き直しいつでも受けますのでおしゃってください!
また、お暇なときにでも、サイトに来ていただけたらと思います。