気付き始めていた、
千鶴が俺に向ける視線の中に、特別な感情が込められていることに。
けれどそれは俺を、受け流すようにしていた。
俺の中にその視線をどこか嬉しく思う自分がいた。
「千鶴ー。」
仕事が一段落しそうだった。
千鶴に茶を頼もうかと思って、千鶴の名を呼んだ。
が、いつもはすぐに返ってくる返事がいつまでも返ってこない。
「千鶴ー。」
もう一度呼んでみるが、やはり千鶴の声は来ない。
いつもは仕事が終わる頃に、
まるで見計らったように茶を持ってくるような千鶴のことだ。
すでに、茶を入れに勝手場にいるのかもしれねえ。
勝手場にいるんじゃ俺の呼ぶ声は届くわけねえか。
そう思った俺はとりあえず仕事を一段落付かせることにした。
「千鶴、いないのか?」
仕事が一段落ついて、ふぅと息が漏れる。
待てど千鶴はやって来ない。
俺の小姓というのは形だけだ。
最近は千鶴が好んで俺の周りの雑務を引き受けていたし、
茶を入れるのは自分の仕事だと言っていたから、
つい形だけだったのが形になったようで自惚れていただけだろうか。
形だけだと知っている幹部のやつらは
俺に構うことなく千鶴を可愛がっているし、何かと頼みごとをしているようだ。
もしかすると、他の幹部らに何かと用事を言いつけられているのかもしれねえな。
「俺らしくもねえな。」
茶なら自分で入れらりゃいいのだろうが、
どうしてもあいつの茶が飲みてえなと思ってしまう。
息抜きがら探すか。
そう決めたら早く、部屋を出ていた。
「沖田さん、そろそろ…。」
「そろそろ、何?」
「行ってもいいでしょうか?
多分、土方さんの仕事が一段落付く頃だと思うので、お茶を…。」
屯所内を探してすぐ、千鶴と総司の声が聞こえてきた。
千鶴の言葉に思わず笑みをこぼしてしまった。
「ふーん。千鶴ちゃん、もしかして…。」
「な、なんですか?」
どうやら中庭から聞こえてくるらしい会話。
そっちへ足を向けてみれば、二人がかなり近い距離で話をしていた。
何故かその様子に虫の居所が悪くなる。
千鶴は俺に背を向けているから俺がいることにはわからないようだが、
総司は聡く俺に気付くと言葉尻を切った。
ちらっと盗み見るように俺を見た総司の顔に、
悪戯な笑顔を一瞬浮かんだのを俺は見逃さなかった。
千鶴は言いかけた言葉を途中で切った総司を不思議に思い、
何かよからぬことを言われるのでは、と身構えながら総司に聞いた。
総司は、そんな千鶴に顔を至近距離に近づけて面白く、楽しげに言った。
「顔赤くしちゃって可愛いなー。」
「えええっ私、顔、赤いですか?!」
慌てた千鶴の声がする。
俺の角度からは全く千鶴の表情は見えない。
「慌てる千鶴ちゃん可愛いねー。
そんなに可愛いともっといじめたくなっちゃうな、僕。」
「へっ?なっなんてこと言うんですか!」
なんとも面白くねえ。
総司にからかわれているのは目に見えている。
千鶴の表情が見えないせいだろうか?
赤面しているという千鶴の顔は、
俺も何度か見たことがあるが総司の言う通り確かに可愛い。
それを俺以外のヤツが見ているせいか?
千鶴もいやそうなら逃げりゃいいのに。何やってんだ。
もしかして俺は嫉妬してるのか?まさかな。そんなわけあるか。
とりあえずこの状況を打破するには――
「おい、総司!!」
俺の怒鳴る声にびくっと揺れたのは千鶴だ。
総司は涼やかに意地の悪い笑顔を浮かべている。
「なんだ、土方さんいたんだ。」
「てめえ、わかっててやってただろ!」
「なんのことかなぁ。
僕は今土方さんに怒鳴られるまで気付かなかったんですから。」
しれっと総司は言い放つ。
「ほう、どの口がそんなことを言うか!おまえさんざん千鶴で遊びやがって!」
「やだなぁ、僕は千鶴ちゃんと楽しくお喋りしていただけですよ。」
「第一、おまえは部屋で休んでろとあれほど口うるさく言ってるだろうが!!」
「おお怖い怖い。これ以上鬼副長が鬼にならないうちに退散しますよ。」
「誰のせいだ!」
総司はわざとらしく肩をすくめると、千鶴に笑顔で
「じゃあ千鶴ちゃん、僕は部屋に戻るね。あと頑張ってねー。」
と明るく言うと、やっぱり楽しそうな笑顔を浮かべて俺の横を過ぎていく。
「土方さん、もしかしなくても嫉妬ですか?大人気ないなぁ。鬼副長ともあろう人が。」
「ああ?」
「やっぱり二人とも似たもの同士ですよね。」
俺だけに聞こえるようにひっそりと言う。
「どういう意味だ?」
「土方さん、こういう時には鈍いんですね。まったくこれだから困る。」
何か言い返そうとするが、総司は猫よろしく飄々とその場を去っていた。
「ったく…。」
総司が言ったことは気になるが、その場からびくとも動いてない千鶴に近づいた。
「おい、千鶴。」
またピクリと肩が揺れた。
脅えさせるつもりはなかったんだが。
「千鶴、いつまでそうしてるつもりだ。」
更に声をかけると、おずおずと千鶴がこちらを向いた。
しょんぼりとしたように俯いている。
はあとため息が出るのを止められなかった。
「おまえもいやだったら逃げろ。」
今度は千鶴を脅えさせないよう、努めて優しく言ってやった。
「あ、はい…。」
怒られるとでも思っていたのか、驚いたように千鶴が俺を見る。
その顔は、総司が言ったように赤くなってはいなかった。
それを確認すると、なんだか安心してしまった。
さっきまでのもやもやとした感情は、すぅっと波が引くように引いていった。
どうやら、千鶴だけじゃなく俺までまんまと総司にからかわれたことになる。
いや、千鶴は俺をからかうのに巻き込まれたようなもんだろう。
俺とすれ違う時に見た総司の様子からすれば、
俺の反応見る為にわざとあんなことを言ったんだろう。
「千鶴、おまえ総司にからかわれただけだ。顔、赤くなってねえよ。」
一瞬、きょとんとした千鶴は、今度こそ顔を赤くした。
「今顔を赤くしてどうする。」
「えっ、あ、あの…。」
俺を見たかと思えば、あっという間に視線を俯かせてしまっている。
その耳まで赤かった。
自然と笑みがこぼれる。
「千鶴、あんまほかのヤツの前でそんな顔見せるなよ。特に総司の前ではな。」
自然と出た言葉に今度は自分自身が驚いた。
はじかれたように千鶴が俺の顔を見上げる。
「それどういう――」
「わかったなら、茶入れてくれ。」
今度は俺が千鶴を見れなくなって、なんでもない振りをして立ち上がった。
その際、千鶴の言葉を遮ったがそれは気にしないことにした。
「はい!」
返ってきた明るく弾んだ返事に、千鶴に見えないように満足する。
パタパタと足音がして、高く結い上げられた髪が揺れるのが見えた。
「千鶴!」
その後姿を呼び止めた。
「そんな急いでねえから、あんまり慌てて転ぶなよ。」
「大丈夫ですよ。」
千鶴は笑って、またパタパタと駆け出していった。
【土方さん、嫉妬ですか?】
総司の言葉が気にかかった。
まさかと思って自分で否定したことだ。
俺が、千鶴に特別な感情を――恋愛感情を――抱いていると言うのか?
さっきの総司とのやり取りを思い出せば、
やっぱりもやもやと負の感情がやってきて胸糞悪い。
っていうことは、つまりそうことなのだろうか?
「余計なこと言いやがって。」
苛立ちを吐き捨てるように言葉を投げた。
――土方がその本当の所を知るのはもう少し先のお話。
2020hitえりー様より
「屯所時代の土方さんのジェラシー話、相手は沖田さん」
この度はリクエストありがとうございました!
ご期待に応えられたえしょうか…。なんかすいません!ありがとうございました。
なんか温いですかね…?どうでしょう?
こんなお話になってすいません。駄文でよろしければお持ち帰りいただけたら幸いです。
感想や苦情いただけたらと思います。というか、書き直しいつでも受けますのでおしゃってください!
また、お暇なときにでも、サイトに来ていただけたらと思います。