「土方さん。」

函館の市中、千鶴が土方と歩いていたら、見知らぬ女が土方を呼び止めた。
土方の知っている人だろうか、と千鶴は土方を見るが、
眉間に皺寄せて怪訝そうにしているから、どうやら違うようだ。

「お知り合いですか?」
「いや、知らねえ。」

俄か不機嫌な口調で土方が言い切った。

「文は読んでいただけましたか?」

土方の態度に少し怖がるそぶりを見せたけど、すぐに女はにこやかにそう言った。

「文だぁ?何の話だ。」

土方は女にそう返すと、千鶴を見た。
土方が何を言おうとしているのかわかった千鶴は、土方に向かって首を振った。

「いえ、私は何も知りません。」
「そうか。」

それどころか千鶴の方が教えてほしいくらいだった。
土方が女のへと向き直ったのを、まるで土方を追うかのように千鶴も女を見た。
小花が散る黄色の着物はその女をよく引き立てていた。
小さな顔は雪国特有の透き通る白さで、
その頬はほんの少し朱で染まり、口には淡く可憐な色の紅が塗られている。
ふくよかな女らしい体型をしているのは着物の上からでもよくわかる。
髪も女らしくまとめてあげられ、蝶が象られたこれまた可愛い簪。
まるで自分とは正反対だ、そう思うと千鶴の気持ちが沈んでいく。

「人の良さそうな笑顔の若い方に文をお願いしたのですけど。」

多分大鳥さんだ、遠くに聞こえた女の声に千鶴はぼんやりと思った。
目の前で土方に話し掛ける女は、
千鶴から見ると土方と並んでもまるで遜色なくて、寧ろお似合いの二人なように見えた。
チクリと千鶴の胸が痛む。
望んでしているとはいえ、男装姿の自分。
化粧なんてしていなければ、髪は高く結い上げられ、結い紐で結ばれているだけ。
自分の体型に自信なんてなく、引け目を感じるくらいなのに、と。

「俺は知らねえよ。」
「土方さん、私あなたをお慕いしているんです。そう文にて書かせていただきました。」
「だからなんだ。」

殆ど二人の会話は千鶴の耳には入ってこなかった。
静かに一歩下がり、千鶴は女から自分の姿を隠すように離れた。
土方は急に黙り込んで大人しくなった千鶴に気付き、チラっと千鶴を見遣った。
俯き加減でいつもより元気がない千鶴に、土方は内心で小さく舌打ちした。

「もし、土方さんに特定の方がいらっしゃらないのでしたら、その、私と――」
「断る。」

女の言葉が終わる前に土方は言い切った。
女は驚いたように口を開き、何か言おうとしたが、
土方が千鶴の方を向いてしまったので、言葉を発することなく閉ざされた。

「千鶴、帰るぞ。」
「あ、はいっ。」

すたすた歩き出した土方を慌てて千鶴は追いかけた。
五稜郭に戻ってから、千鶴はなんでもない振りをして土方の執務を補佐していた。
だが、内心は暗く沈んでいた。
傍にいたいと、傍に置いてほしいと、蝦夷まで追いかけてきたけれど、
土方の隣に並ぶのは、町で土方に想いを告げた女の方がいいのではないか、
そんな気がしてならなかったのだ。
夜、本来であれば遅くまで書類と向き合い仕事をする土方に合わせ、
土方に休めと言われるまで休もうとはしなかった。
でも今日はそんな気になれない、傍にはいたくない、
何故だかそう思った千鶴は早々に休むことにした。

「あの、土方さん。」
「ん?」
「今日は私もう休みますね。」
「どこか調子悪いのか?」

書類から千鶴へと顔を上げた土方の目は心配そうな色を点していた。
その目に一瞬ドキっとしたが、千鶴は笑顔で土方の言葉を否定した。

「いいえ、そういうわけではないのですが、ちょっと疲れてしまいましたから。」

意味ありげにじっと見つめてくる土方の視線に耐え切れず

「では、失礼します。土方さんも早めに休んでくださいね。」

と告げて自室に戻ろうと背を向けた。

「千鶴。」

歩き出してすぐ、土方の声で呼び止められた。
いつもの優しいものより、少し低めの声は、
あまり機嫌が良くないように聞こえて、千鶴は足を止めてしまった。

「なんかあったか?」
「いえ、なんでもありません。」

今、土方を見れば泣いてしまいそうで情けない姿を見せることになる。
千鶴は後ろを振り返ることが出来なかった。
土方は千鶴に聞こえないようため息を一つ落とした。

「なんでもねえなら俺の顔見て言え。」

思いの他鋭かった声に、千鶴の声が揺れる。
土方は、自分自身に舌打ちすると、千鶴の手を掴んで自分の方へ引いた。

「わっ…!」

千鶴は虚を突かれた形になった。
気が付いた時には、土方と向かい合わせに体の向きが変わっていた。
その千鶴の目は、じんわりと潤んだ涙で濡れていた。

「泣きそうな顔しやがって。」

土方の声には、さっきとは打って変わって優しい色を含んでいた。

「おまえ、五稜郭に戻る途中から様子がおかしいぞ。」
「そっそんなことありません。」

手はしっかりと土方に握られたままなので、
千鶴は目を逸らすことで土方から逃げようとする。
土方はそんな千鶴を見透かしたように、

「あの女なら断ったぞ。」

と言った。

「え?」

思わぬ言葉に千鶴の視線が土方へと戻る。
どこかほっとしていた。
すると、ニヤリと土方が笑った。

「気になってたんだろ?あの女のこと。」

千鶴の頬にさっと朱が挿した。
が、すぐに翳りが射す。

「そ、それは気になってましたけど…。」

涙が出そうになって、慌てて千鶴は顔を俯かせる。

「どうした?」

椅子に座ったままだった土方が、優しい目で千鶴の顔を覗き込んだ。
ポロっと千鶴の目から涙零れた。
土方の手が伸びてその涙を拭う。

「すいません…。」
「なんかあるなら喋っちまえ。」
「……。」

なんだか言ってしまうのはとても情けないことのように思えて、
千鶴は口を開くのを躊躇われた。

「なあ千鶴、黙ってねえでなんか言ったらどうだ?俺なんかしたか?」

困ったような土方の言葉に、千鶴はふるふると首を振った。
自分があの土方に思いを告げた女と自分を比べて、それで落ち込んでいたのだ。
そんなことで土方を困らせてしまったことが申し訳なく。

「違うんです。」

小さく答えた。

「違うんです。土方さんは何もしてません。」
「じゃあ何で泣く。」
「それは…。」
「俺には言えないことか?」

土方は優しく、千鶴に言葉をかけていく。

「話してみねえか?千鶴。」

土方の目を漸く見た千鶴は、その目に宿る柔らかなものに押されるように言葉を紡ぎ出した。

「あの女の方と土方さんがとてもお似合いでしたので…、凄く綺麗な方でしたから。
私なんかが傍にいていいのかわからなくなってしまって。」
「どうしてだ?」
「私は、あの方のように女らしくないですから。綺麗でもないですし。」
「それは…男装させている俺が悪いな。」

土方の顔が申し訳なさそうに歪む。

「これは私が望んでることでもありますから。」

そう、これは土方の傍にいる為に千鶴自身が選択したことだった。
弱弱しく微笑む千鶴に、土方は益々その顔を曇らせる。

「でも、おまえが女として着飾ることを制限してることには変わりねえだろ。」

どこか苦しげだ。
想いを告げるか土方は迷っていた。
まだ死に場所を蝦夷の地としている心と、
千鶴と生きたいと願う心とがせめぎ、迷っていたのだ。
わかってるはずの答え。
千鶴が思い悩む原因は、傍に置いておく為に男装させていることと、
きちんと伝えられてないことにあるのかもしれない、そう土方が思っていた。
「土方さんのお傍にいたいですから。土方さんのお傍にいる為に私は男装してるんです。
だから、そのことで土方さんが気に病むことではありません。」

きっぱりと千鶴は言い切った。

「今日土方さんとあの女の方が話しているのを見ていたら、
例え私が女物の着物を着て女の姿に戻ったとしても、
私なんかよりあんな風に綺麗な方が、土方さんの隣にいた方がお似合いな気がしたんです。
土方さんは素敵な方ですから。
私は、あの方のように綺麗ではありませんし、子供っぽいですし、女らしくありません。
私なんかが土方さんのお傍にいていいものかと思ったんです。」
そう話しながら、千鶴の目から涙をこぼしていた。
一息に話し終えたと同時に、ガタっという音がした。
土方椅子から立ち上がり、掴んだままだった千鶴の手を離し、その肩へと伸ばした。

「きゃっ…!」

そして、自分の方へと千鶴を抱き寄せた。

「なあ千鶴。おまえはどうして自分に自信を持たない。
俺はおまえ以外の女を傍に置こうなんて思っちゃいねえんだよ。
いいか?俺はな、おまえの傍に居たいと思った事なんて無いが、
おまえを傍に置きたいと思った事ならあるぜ?
俺にそう思わせたのは千鶴が初めてだよ。それだけの女だ。
じゃなきゃ、千鶴が蝦夷に来た日、あんなこと言わねえよ。」

千鶴が土方を追いかけてきた日、
土方はその想いを受け止め、自分の素直な気持ちを伝えたのだ。
千鶴がいなくなってから、一人で立つのも辛かったと、
支えられていたのだと、そして、傍にいてくれと。
千鶴もその日のことを思い出す。

「俺にはもったいなほどの女だよ、おまえは。
俺がいい女だというんだ、少しは自信持ちやがれ。」

土方が自分のことをいい女だと言う。
千鶴にとっては、そのことがたまらなく安堵を覚えた。
さっきまで心を支配していた沈んだ気持ちが晴れていく。

「…はい。ありがとうございます…。」
「それに、だ。」

少し腕を緩めて、土方は千鶴の顔を見る。
まだ涙は残っているものの、もうその顔は明るくなっていた。

「女物の着物着せたら、もっと綺麗な女になると思うぜ。」

その言葉は、慰めでもお世辞でもなく、
本心からの言葉だと土方の表情が告げていた。
千鶴は、その表情と告げられた言葉に恥ずかしそうに頬を染めた。
その頬を涙を伝うけれど、嬉しそうに微笑んでいた。
ああ綺麗だ、言葉にはせず、土方はそう思った。

「本当くだらないことで悩みやがって。」
「私にとっては大事なことなんです。」

むうと口を尖らせた千鶴に、土方は悪かったと謝罪して、
千鶴の額にそっと口付けると、千鶴は途端に耳まで赤くした。
そんな姿に目を細めるた。

「で、解決したか?」
「はい。」

土方の問いかけに、顔は赤いままに千鶴は笑顔で頷いた。



お題「俺様に捧ぐ台詞」10.
お題サイト「恋したくなるお題」様よりお借りしました。






2100hitらん様より
「土方さんに言い寄る女性が現れて…」切甘な感じで土千

この度はリクエストありがとうございました!
ご期待に応えられたえしょうか…。なんかすいません!ありがとうございました。
収拾付かなくなって無理やり終わらせました、すいません…。切甘になってると…いいな。
こんなお話になってすいません。駄文でよろしければお持ち帰りいただけたら幸いです。
感想や苦情いただけたらと思います。というか、書き直しいつでも受けますのでおしゃってください!
また、お暇なときにでも、サイトに来ていただけたらと思います。