持ち帰り・サイト掲載は自由にしてもらって構いません。
報告も自由ですが、一報いただけると喜んではせ参じますww
※但し、サイト掲載時には必ず当サイト名の記入をお願いします。
――歳三さん、貴方は知っていますか?
貴方のおかげで、どれだけ私が幸せか。
――千鶴、お前は知っているか?
お前のおかげで、どれだけ俺が幸せ。
毎日、二人一緒にいた。
僅かな時間すら惜しみながら。
きっと土方の命の終わりが早いこともあるからかもしれない。
少しでも一緒にいたいと。
でも、それ以上に離れ難かった。
縁側で一緒にお茶を飲む。
千鶴が歳三に身体を預けると、すぐに腕が回って引き寄せられた。
無言のやり取り。
それだけで十分。
この日、来客があった。
「お千ちゃん?!君菊さんも。」
「千鶴ちゃん、お久し振り。」
「お久し振りです。」
君菊と千姫が何か大きなものを持って、玄関先に来たのだ。
千鶴が京を離れてから二人とも逢ってなかった。
「元気そうで何より。」
そして千姫は土方を見る。
「頼まれてたもの、持ってきたわ。」
「すまないな。手数をかけた。」
「千鶴ちゃんの為だもの、喜んで協力するわ。」
千鶴には話がわからないらしく、土方と千姫の顔を交互に見ている。
「あの…?」
「まぁいずれわかるさ。」
土方に聞いてみるが、そう優しい笑顔で返されてしまった。
「じゃ頼むな。」
もう一度千姫に一言、土方が言う。
千姫は
「ええ。」
と頷くと千鶴の手を取った。
君菊は土方にもう一つの荷物を渡した。
「是非貴方も、と。」
驚いている土方に、君菊はそう言い残し、千姫と千鶴の後を追った。
土方はその中身がなんなのか、開けずともわかっていた。
先に入った千鶴が、千姫から渡されるものに
どんな表情を見せるのか、そしてどんな姿を見せてくれるのか。
楽しみに想像しながら自分も絵着替えるべき部屋に入っていく。
紋付き袴の正装に着替えるべく。
土方が着替えてから数分。
「ほら、行ってらっしゃい。」
千姫に背中を押される声がした。
「でも…。」
「ほら、待ってるわよ。」
部屋のふすまがあいて千鶴が姿を見せる。
その姿にハッとする。
白無垢の姿。
予想以上に綺麗なその姿に、土方はしばし声が出ない。
「綺麗だよ、千鶴。」
漸くその一言を搾り出す。
「ありがとうございます…。」
千鶴も聞こえるか聞こえないかの小さな声で答えた。
千鶴とて土方の正装姿もあいまって顔を上げれないでいる。
「千鶴、顔を上げてくれ。」
土方が千鶴の方へと歩み寄ってそっと触れて、自分の方へ向けさせる。
滅多にしない化粧をし、紅を引き、仄かに色づく頬、照れくささに
惑う大きな瞳、普段見せる姿とはまるで違う表情に、土方は戸惑った。
「あの、これは…。」
「俺が頼んだんだ。」
「え?」
「今日は俺がお前に祝言をあげた日がからな。形だけとはいえ
それには代わりねえ。だから一度お前に白無垢を着せてやりたかったんだよ。」
「そんな…。」
「何より俺が見たかった。だから千姫に頼んだんだ。世話になった。」
最後は部屋の奥で控える千姫と君菊に、土方は例を言う。
「どういたしまして。私達はお邪魔なようだからお暇するわ。」
「お千ちゃん、君菊さん、ありがとう。」
「ううん、千鶴ちゃんが幸せそうで安心した。またね。」
いつかの時のように、音もなく二人は姿を消した。
「本当よく似合ってるな。」
「…ありがとうございます。歳三さんもお似合いです。」
「おう。ありがとよ。さすがに俺のまで用意してあるとは思わなかったけどな。」
苦笑にも似た笑みが土方に浮かぶ。
もう一度、千鶴の白無垢姿を眺める。
「思ってた以上だ。」
「あんまり診ないでくさい…恥ずかしいじゃないですか。」
「そうか?今しか見れないもんだからな。…千鶴。」
ふと、声音が真剣味を帯びる。
千鶴の視線が、それに合わせて土方へと上がる。
「俺と夫婦になってくれてありがとうな。」
「いえ、私の方こそ…。」
「おまえとの暮らしは本当に暖かくて幸せだよ。
なぁ千鶴、お前は知っているか?どれだけ千鶴との日々が幸せかを。」
「私も同じです。歳三さんこそ
知っていますか?どれだけ歳三さんとの日々が幸せかを。」
「なんだ、俺達揃って幸せってことじゃねえか。」
「そうですね。」
やっと千鶴の顔に柔らかな笑顔が浮かび、美しさを際立たせる。
「それに今白無垢を着させていただいて、歳三さんとこうして
並んでいるんですもの。まさか着れるとは思わなかったんです。
なんとお礼を言っていいものか。」
「お前のその姿が見れただけで俺は十分だよ、千鶴。」
二人で向かい合う。
互いの瞳には、普段の姿ではない二人が映っている。
千鶴の瞳には、うっすら涙が浮かんでいた。
そっと、土方が親指で拭う。
それから頤へと手を移し、口付けた。
「これからも幸せになろう、千鶴。」
「はい。」
千鶴の笑顔を眩しそうに土方は見詰めていた。
――歳三さん、知っていますか?
――千鶴、知っていますか?
今とても幸せだということを。
Title:「群青三メートル手前」様より 淆々五題 壱)05.
「薄紅のひとひら」桜雪