はぁ…

ため息一つ吐く千鶴がいる寝室にも、土方の仕事をする音が聞こえてきそうである。
普段は二人で眠る、少し狭いベッドに千鶴は一人、その身を横たえていた。

「明日また学校行くのかなぁ。」

世間一般はゴールデンウイークだ。
なのに土方は関係ないといわんばかりに職場である学校に出ていた。
帰ってきた土方は珍しく仕事を持ち帰り、
千鶴に先に休めと声をかけてから自室に篭って仕事をしているのだ。

千鶴がチラッとベッドサイドにある時計を見る。
時計は間もなく日付が変わる時間を指していた。

「もうちょっとで誕生日なのに…。」

切なくこぼれた千鶴の呟き。
そう、明日は土方の誕生日なのだ。
そんな理由も相まって、千鶴のため息は益々深くなる。

お茶を入れて部屋に持って行けば、ちょうど日付が変わる頃かもしれない。
そう思った千鶴は、キッチンに向かってお茶の用意をする。
土方の部屋に泊まっているのだ。
自然と一番最初にお祝いは出来るのだが、やっぱり日付が変わったその時に伝えたかった。

「土方先生、お茶をお持ちしました。」

遠慮がちにドアをノックすれば

「入れ。」

と短い返事が返ってきた。

「失礼します。」

部屋に入れば、変わらず机に向かう土方の姿。

全くこの人は…

それを見た千鶴が小さく苦笑した。
お茶を土方の机に置くと、土方が千鶴を見た。
ふっ…と表情を和らげる。

「悪いな。」
「まだ終わりそうもないんですか?」
「いや、もう終わりだ。」

また千鶴がチラッと時計を見た。
その仕種をどう捉えたのか

「なんだ?寂しかったのか?」

千鶴の腰を引き寄せて土方が言う。
ポスンと土方の膝の上に横抱きに座る形になった千鶴は、
頬を赤らめ、でも土方を見て伝えた。
時刻は零時ちょうど。

「それもありますけど……その、やっぱり一番に伝えたかったので…。
 土方先生、お誕生日おめでとうございます。」

そうして初めて千鶴は顔を俯かせた。
土方は一瞬瞠目したが、
千鶴を力強く抱きしめた時にはもう嬉しそうな表情に変わっていた。

「ありがとう、千鶴。」

土方の言葉を合図に、千鶴は力だの力を抜き土方に身を委ねる。
と、土方の携帯が鳴り響く。
恐らくは、いつもの面々が土方にお祝いを伝えようとしているのだろう。
約一名を除き。

「いいんですか?」

寂しそうな瞳をしながらも、
携帯を取ろうとしない土方を見上げた千鶴に、土方は思わず笑みがこぼれる。

「ほっとけ。そうだ、千鶴。プレゼントはおまえをくれるんだろう?」
「へ?」

切り替わった話題に一瞬ついていけず、千鶴は間の抜けた返事をする。

「明日……いや、もう今日だな。プレゼントに今日一日の千鶴の時間を俺にくれ。」

やっと飲み込めた千鶴は、少し照れながらも綺麗な笑顔を浮かべた。
もちろん、プレゼントは別に用意してある。
それでも誕生日くらい自分に甘えてはくれないかと、休んでくれないかと思っていた。
元よりそのつもりだ。

「はい!」

でもすぐにあることに思い当たって表情が曇る。

「明日も学校でお仕事ですか?」
「まさか。誕生日くらい好きな女と過ごさせろよ。」

好きな女、という単語に千鶴の頬が染まる。

「おまえと一日過ごしてえなと思って、明日やる筈だった仕事を一部持ち帰ってやってたんだよ。」

土方の表情が、柔らかな微笑みに変わる。

「じゃあ明日は…。」
「ああ、だから一日どこにも行かねえよ。」
「よかった。」

ホッと解れた千鶴の表情に、

「おまえがプレゼントもらったみてえじゃなねえか。」

土方が呆れたように笑った。
それから

「そういやこっちはまだもらってなかったな。」

千鶴には聞こえないように呟くと

「千鶴。」

と名を呼んで、自分の方へしっかりと向かせる。
そこにはそれまでとは違って、艶っぽいものが混じっていた。
自分へ向いた千鶴の頬に手を寄せて、親指だけで口唇をなぞる。
さすがの千鶴も気付いたようで

「土方先生、生まれてきてありがとうございます。」

ささやかなお礼の言葉でもう一度祝って、そっと目を閉じる時

「おまえにそう言われるのが一番だな。」

すぐ近くで土方の声がして、影が濃くなったのはほぼ同じ。






土方さんお誕生日おめでとうございます!

2011.05.05