ささの葉 サラサラ
のきばに ゆれる
お星さま キラキラ
金銀砂子

五色の たんざく
わたしが 書いた
お星さま キラキラ
空から 見てる


小さく聞こえてきたのは童謡の「七夕さま」を口ずさむ千鶴の小さな声だった。
梅雨がないといわれる蝦夷の地も何故か合わせたように天気がぐずついていた。
厚い雲に覆われたその向こうに、きっとキラキラ輝く天の川が広がっているのかもしれない。
それこそ、「七夕さま」の歌詞のように。

「冷えるぞ。」

後ろから声がして、千鶴は力強い腕に包まれた。

「大丈夫ですよ。」

初めてではないのに緊張してしまった体の力を緩め、
後ろに体を委ねるようにすれば、しっかり力が加わって抱き締められる。

「すぐ風邪引くからな、おまえは。で、やっぱり見えねえか。」

土方の声と共に空を見上げれば、今日一日我が物顔で居座る分厚い雲が広がる夜の空。

「はい。」

悲しげな返事に、土方は苦笑した。
見上げている栗色の瞳に、涙こそ浮かんでないものの、きっと心を痛めているのだろう。

「でも、厚い雲の上はきっと晴れてますよね。」
「ああ、晴れてるさ。」

土方が同意を示すと、そこから悲しみの色が消えていた。
雲の向こうで逢瀬を楽しんでいるだろう織姫と彦星に思いを馳せているのかもしれない。

「それに、だ。せっかく二人で逢えたというのに、
 余計なやつらに邪魔されない二人の時間が過ごしたいんじゃないのか?」
「それもそうですね。」 「きっと神様気を利かせて、織姫と彦星が心をおきなく愛し合えるようにって
 目隠ししてるんだ。俺だって、邪魔されたくねからな。」

最後の言葉だけ直接千鶴の耳に告げてやると、
くすぐったそうに身捩った、その頬も耳も赤い。

「もう…やめてください、くすぐったいじゃないですか。」
「嬉しいの間違いじゃないのか?」

揶揄するように言えば、千鶴の色が更に濃く染まる。
う…と答えに詰まったような千鶴の顎に人差し指を添え、
こちらを向かせると、逃げるように彷徨った視線の後、

「嬉しい…です…。」

と小さな答えが聞こえてきた。

「だったらいいじゃねえか。」
「そういう問題じゃないです…。」

恥ずかしいのだと土方の腕の中に体を委ね埋める千鶴に、
愛しそうにでも楽しそうに笑った後、軒先に飾られた笹に目をやった。
二人分の短冊と、千鶴が作った飾りが飾られている。
蝦夷の七夕は、土方達がいた江戸や京とは違うものだが、
初めて二人で向かえる七夕は慣れ親しんだものにした。

「千鶴、どんなお願いをしたんだ?」

互い、見せないように短冊に願いを記して、それぞれが掲げた祈りの短冊。
だからまだ、二人はどんな願いをしたのか、知らなかった。

「私…ですか?そういう土方さんは、どんなお願いをしたんですか?」
「答えちゃくれねえのか?」
「私が答えたら土方さんも答えてくれますか?」
「もちろんだ。」

輪郭を辿るように、千鶴の頬をなぞり、土方は優しい眼差しで答えた。
そよぐ程度に夜風が吹き、笹を揺らし、風鈴を鳴らしていった。

「で?どんなお願いしたんだ?」

自分を捕らえて離さない視線に、どうしたものかと目を伏せた千鶴が、ややあって瞳を開き
土方越しに雲の厚い夜空を見上げ、その向こうにあると天の川を見た。

「私は…少しでも長く土方さんと過ごす幸せな日々が続きますようにと…。それから…。」
「まだあるのか?」
「はい。もし、別たれる日が来ても、織姫様と彦星様のように、また巡り会えますように……。」

二つ目の千鶴が書いたというお願いを聞いた土方は、その頬に添えていた手で、千鶴の目元をなぞる。
神様によって別れることになった、織姫と彦星は、今でも一年に一度その姿を見る巡り会いの日がある。
星合とも言われるこの日のように、いつか星の下でまた巡り会えますようにと。
幸せな今が続くことを願いながら、それでも身近にある
互いが別たれる日を意識せずにはいられない、二人の今。

「そうか。」

短く答えた土方の言葉に、土方の全ての想いが詰まっているようだった。
余すことなく伝わったのか、千鶴は逞しい胸板へと頬を寄せた。
見ようによっては切なげにも見える穏やかな表情が自分を見下ろしていた。

「俺も、同じだ。」
「え…?」
「千鶴との幸せの日々が長く続きますように、
 もし死に別れる日が来てもまた千鶴と巡り会えますように。」

再び潤みだした瞳を向ける千鶴に、土方は柔らかな笑顔を向けた。

「二人で同じ願いってことは、どちらかの願いが叶った時点で、
 二人の願いが叶うんだな。だったら叶えてもらうしかねえよな?」
「はい、そうですね。」

決して贅沢な願いではないと土方は言って、必ず叶うと
遠まわしに言いながら、ふわりと微笑みを乗せた顔から涙を拭い去る。

「それに恋人達の願いは、織姫と彦星が代弁して訴えてくれんだろ。」


ささの葉 サラサラ
のきばに ゆれる
お星さま キラキラ
金銀砂子

五色の たんざく
わたしが 書いた
お星さま キラキラ
空から 見てる


「きっとそうですよ。七夕さまの歌詞にもありますもん。空から見てるって。」

もう一度千鶴は、童謡の七夕さまを口ずさんだ。
その声に土方も耳を傾ける。

「来年は、函館の七夕に習ってみるか。」
「だいぶ違うみたいですから、皆さんに教えていただかないといけませんね。」
「海一つ越えただけでこんなに変わるんだな。」

暗黙に交わされた来年の約束。
七夕は恋人の逢瀬の日ならば、やっぱり最愛の人の傍で迎えたい。

「ずっと、傍にいて下さいね?」
「ああ、離さねえから安心しろ。」

さっきより強く千鶴の体を抱き締めて、優しい口付けそ贈る。
縋るように回された千鶴の腕に、込められた想いは痛いほど土方には伝わって、
どうか願いが雲を割って天の川を渡って神様に届き、叶いますようにと祈るよに何度も口付けをした。
風に揺れる笹の音と、夏の風鈴にが空へと二人の願いを運んでいった。








歌詞引用:童謡「七夕さま」