千鶴がふと土方を呼び止められたのは、朝餉の片づけが済んだ頃だった。
「どうした?」
呼び止めたままなかなか言い出さない千鶴に、先を促すよう問いかけた。
「あの…先日、いただいたお返しです。」
消え入りそうな小さな声と共に、少し震えた手で取り出されたのは、一通の文。
受け取った宛名に書かれていたのは、【土方歳三様】と書かれてあった。千鶴の字で。
ということは、千鶴の言う先日のお返しというのは、数日前土方が書いて渡した恋文のことだろう。
まさか千鶴から恋文がもらえると思ってなかった土方は、呆けたように千鶴の顔を見ていたが、
やがてなかなか見られないだろう綺麗な笑顔を浮かべ、千鶴の頬を更に赤くさせた。
「ありがとよ。」
ぽんっと小さな頭に無骨な手が乗ると、千鶴ははにかんで小さく「はい」と笑った。
「読んでいいか?」
土方がそう聞くと、千鶴ははじかれたように顔を上げて
「あ、はい!あの、私、お洗濯に行ってきます!」
まるでいたたまれないとでもいうように、そう口走ってその場を後にした。
千鶴の姿が土方の視界からいなくなると、
逃げるように見えた行動に裏打ちされ千鶴の気持ちがわかったのか
「ったく、可愛いヤツ。」
口元を手で覆うようにして、笑っていた。
書きながらも迷い、渡す時も迷い、顔を赤くしながらもくれた文を、
土方はそっと優しい手つきで開いていった。
――【土方歳三様】
先日は文を書いていただきありがとうござました。
まさか土方さんからこんな素敵な文をいただけるなんて…。
とても嬉しくて、とても幸せに思えて、読みながら泣いてしまいました。
私からもお返事を、と思いましたが何をどう書いたらいいのかわからなくて。
どなたかにこうして文を書くのは初めてなんです。
だからちょっと緊張しています。
でも、好きな人に文を書くのっていいですね。
私も、土方さんと逢った初めての夜を今でも鮮明に覚えています。
はらはら舞う雪が月光にあたり、まるで狂い咲きの桜のようだと思い
、その中にいる月光を背にした土方さんを綺麗な人だと思ったんです。
あの状況下でおかしいですね。――
土方が書いた文の内容に一つ一つに答えるように、
千鶴らしく拙くも心の篭った文章が綴られている。
最初は苦笑した土方は、読みすすめていくうちに、
時に表情を歪め、時に悲しげにし、時に申し訳なさそうにする。
昔は色んな想いを心うちに秘めた千鶴の心が、土方の中に確かに沁みこんでいく。
と、土方の表情が柔らかく目を細める。
――土方さんは、これから何かしたいことはあるかと聞いてくださいましたね。
でも、本当のところないんです。
ただ、あなたが傍にいて、一緒に今の日々が過ごせるだけで私は十分幸せなんです。
ずっとお傍にいたいと、お傍にいられるだけでいいと願い思っていた私にとっては、
今土方さんとこうして暮らしていることが夢のようで、幸せすぎるくらいなんですよ。
だけど、幸せすぎて怖くなることがあります。
土方さん羅刹として文字通り命を削って戦い生きてきました。
いつ、土方さんがその生を終えてしまうのか、
あまりにも今が幸せであなたがいなくなることがふとした瞬間怖くなります。
だからあなたが生きている限りあなたのお傍で、
あなたと共に毎日を過ごし、色んなものを見て、笑い合いたいです。
あなたと過ごす日が一日でも永くと、もっともっとあなたといられますようにと、
永遠にと願って止まない私に、あなたの全てを下さい。
私はずっと土方さんと一緒に幸せに過ごしたいです。
それが、私の願いなのかもしれません。土方さんがいれば私は十分幸せなんですよ。――
「千鶴…。」
切実な千鶴の願い。
それだけに、今を幸せに感じてくれてるのかもしれない。
だからといって、土方の寿命が変えられないのだ。
最後にさしかかった時、土方が穏やかに嬉しそう優しい微笑を浮かべる。
――最後に、私もなかなか面と向かって言えないことを、文でしたら伝えられる気がします。
私も、愛してます。――
まだその先に書いてあり、目を通すと、読み終えたら破ったら捨ててくださいと書いてある。
確かその言葉は、土方が千鶴に当てた文の最後に書いた言葉だ。
「やってくれる。」
土方は言葉どおり、千鶴からの文を破り屑籠に捨てると、千鶴を探すべく立ち上がった。
千鶴を探し中庭に出れば、どちらかといえばこじんまりとしたそこに
二人分の衣服が風に揺れ、その様を縁側に座って眺めていた。
「千鶴。」
「あ、土方さん。」
「文、ありがとな。」
「いえ…。」
土方は千鶴の横に同じように並んで座り、千鶴の腰に腕を回すと自分の方へと引き寄せた。
少し強張ったかのように思えた千鶴の体が、すぐに土方のほうへと寄りかかる。
「嬉しかった。」
「私も嬉しかったですから。」
見える顔はふわりと笑い、うっすら気のせいだろうか程度に染まっているようにも見える。
「で、文だがおまえの言う通り破って捨ててきたぞ。」
「ありがとうございます。」
少しホッとしたようなそぶりを見せて言う千鶴に、土方はあることを思い出して言った。
「そういや、おまえは俺の言う通り破って捨てたのか?」
すると、千鶴はう…っと言葉に詰まったようだ。
ということは、千鶴は土方からの文を
破り捨ててはいないということで、今も手に持っているということだ。
その反応を肯定と取った土方は、やっぱりなとため息をこぼす。
「んなこったろうと思ったよ。」
「お、怒らないんですか?」
「あとには引きずるな、それが守れるか?」
千鶴とて、文にも書いてあり、
念を押すように言われたその言葉の意味がわからないわけではない。
「はい。あなたに愛されていた日々があるという、
私にはかけがえのない証です。それを力にしていきますから。」
懇願するような口調が混じっていた。
「ただし、条件がある。」
「条件、ですか?」
位置の関係上、上目になった千鶴が少し不安げに土方を見る。
土方の口の端が悪戯にニヤリとあがった。
「千鶴が最後に書いていた、文でなら伝えられる気がすると言って
書いてくれたあの言葉を、直接言ってくれるってんならな。」
途端に千鶴の顔が、一瞬のうちに耳まで赤くなる。
逃げようにも、土方に抱きこまれた格好の千鶴にそれが出来るはずもなく。
「直接千鶴の声で聞きたい。」
直接耳に告げられて、千鶴は益々色を濃くしていた。
ほんの少し、躊躇たような素振りを見せ、意を決したのか
千鶴を両の手を土方の首筋に回し、少し高い位置にある耳に小さな声で言った。
「私も、愛しています……。」
段々と声は小さくなっていったが、土方にはしっかり届いた。
千鶴はというと、恥ずかしさにそのまま土方の首元に顔を埋めている。
「俺もだよ、愛してる。」
ぐっと土方の腕に力が入って、声を上げるまでもなく、
千鶴は土方の胡坐をかく足の上に横抱きにされていた。
顔を見られたくないのか、すぐに外を向くが土方の手によって元に戻される。
「本当はこのまま押し倒してえんだがな。」
土方の目には艶やかな熱を帯びている。
「や、やめてください!ここ縁側ですよ?!また日が高いんですよ?!」
「誰も実行るとは言ってねえだろうが。してほしいってんなら話は別だが。」
「ち違います!」
「さっきの千鶴に免じて、これだけで今のところは勘弁してやるよ。」
明るかった千鶴の視界が暗くなり、頭の後ろに回された土方の手に力が篭った。
一度は離れ、もう一度と重なった時には千鶴の腕が再び土方の腕に回っていた。
「ずっと二人暮らしていこうな。」
口付けの合間に千鶴が涙を浮かべて笑った。
りり様より
「こっそり保存して読み返してたら土方さんに見つかる」or
「千鶴からの恋文の末尾に【破って捨ててください】と同じ事が書かれてた」のどちらか
この度は企画参加・リクエスト本当にありがとうございました!
ご期待に応えられたでしょうか…?少しでも感謝の気持ちになれば、と思います。
実は、土方さんからの文は私の中で「ラストレター」書いた時に、一度区切りがついてしまっていたので
後者の千鶴ちゃんからの文で書かせていただきました。
土方さんは破り捨てましたが、求めていたものと違っていたらすいません。
こんなお話になってすいません。駄文でよろしければお持ち帰りいただけたら幸いです。
感想や苦情いただけたらと思います。というか、書き直しいつでも受けますのでおしゃってください!
また、お暇なときにでも、サイトに来ていただけたらと思います。