初めて恋をしたその人は、私の先生だった。
最初は怖い人だと思った。
けれど、垣間見せてくれる、優しい素顔にどんどん惹かれていった。
最初は憧れだと思っていた。
恋をしたことがない私が、大人の男の人に憧れを抱いただけだと。
でも違った。
先生はモテる人だから、他校の女の子が噂をしているのを聞いたり、告白したなんて話を
聞いたりすると胸の奥がきゅうっと痛くなって、ああこれは本物の恋なんだって知った。
逢いたくて、逢いたくて、声が聞きたくて。
私だけを見てほしいって思った。
気が付けば先生を追っていた。
叶わない想いだとわかっていた。
なのに、その想いを捨て切れずにいるの。
想うだけ、だから許してください――。
叶わない想いだとわかっていた。
気になりだしたその時に、相手は自分の生徒だと言い聞かせた。
入学式、凛とし佇まいに目を惹かれた。
時折見せる、強い眼差しや、気遣いや気配りの出来るたおやかさを持ち、
何よりふわりと笑う笑顔に知らぬ間に惹かれていった。
男子生徒の中の紅一点、だから気になるのだと思っていた。
一回り以上違う生徒を預かる教師として、世話を焼いていたのだと。
でも違った。
誰にも分け隔てなく接する性格からか、ただでさえ男子生徒ばかりというのに、
告白したという話を聞いたり、あいつの話をしている生徒の話を聞くと、
いてもたってもいられなくなってああ本気の恋だと思い知った。
逢いたくて、逢いたくて、声が聞きたくて。
俺だけを見てほしいと思った。
俺だけのものにしたいと思った。
叶わない想いだとわかっていた。
だけど、本当は気付いていた。
千鶴が俺に向ける視線の中に、”先生と生徒”以上のものがあることに。
不謹慎ながら、それを嬉しいと思う自分がいる。
わかってはいる。教師と生徒立場上、あってはいけないこと。
けれど、期待してしまう自分。
はじめは、俺の勘違いであってほしい思っていたが、
どうもそうじゃねえと最近になって気が付いた。
だが、行動に起こすわけにはいかねえんだ。
千鶴が何も言ってこないのなら、このまま蓋をして押し込んでしまうつもりだった。
あの時までは――。
屋上は、俺の格好の喫煙所だった。
どうも肩身の狭い世間になったというより、まだ未成年のあいつらに
煙草を吸ってる姿を見せるのは、教育上よくないだろうという俺の勝手な判断もあるのだが。
だったら辞めりゃいいと言うのだろうが、どうも辞めらんねえんだ。
職員室か、教科準備室か、屋上か。
俺が煙草を吸うとなればこのどれかになる。
大概、教科準備室か屋上だ。
今日はたまった仕事から抜け出して、息抜きがてら屋上で吸っていた。
それがまさかこんな事態になろうとは、誰が想像出来ただろうか。
ドアが開く音がした。
一人分の足音。
それから、来てくれたんだねと話す男子生徒の声が聞こえてきた。
元が男子校だったから、そんな場面に
遭遇することはなかったが、これはもしかするとそうなのかもしれねえな。
ん?待てよ。この学校でそういうことがあるとしたら、限られてくるじゃねえか。
「話というのはなんですか?」
その声を聞いた瞬間、思わず咥えようとしていた煙草を落としそうになった。
間違えようもない千鶴の声だ。
よりによって。
だからといって、今更逃げ出すわけにもいかねえしな。
「雪村さん、今付き合ってる人いる?」
「付き合ってる人、ですか?いませんけど…。」
「だったら、俺と付き合ってくれないかな?」
やっぱりな。
「俺、雪村さんのこと好きなんだ。」
「ごめんなさい。」
「え?付き合ってる人、いないんでしょ?」
「付き合ってる人はいませんが、好きな人がいるんです。」
それは俺か?
思わず聞きたくなる。
「でも付き合ってないんでしょ?」
「そうですけど…。」
「だったらいいじゃないか。」
「よくないです。」
「きっと俺と付き合ってるうちに変わるって。」
「変わりません!」
あまり聞いたことない千鶴の大きな声がした。
「私は本気でその人のことを想っています。誰にも何にも揺るぎません。」
意志の強い、凛としたように聞こえるそれに、千鶴の想いも本気なんだと知る。
とっくに覚悟を決めていたのは俺ではなく千鶴の方だったか。
「俺の方が――…」
「その辺でやめとけ。」
たまらず声をかけた。
千鶴は、その瞳を目一杯開いて、これ以上ないくらい驚いていた。
それから、聞かれていたのだと悟ったのだろう、その頬を染める。
千鶴の様子から、想い人が誰なのか男子生徒は気付きもしそうだが、
この学園で鬼教頭と呼ばれる俺の一睨みがあってか、千鶴とは違った驚きを示している。
「ひ、土方先生、どうしてここに…?」
「俺の喫煙場所だよ。知ってて選んだんじゃねえのか?」
「まさか!」
「そういうことにしてやろう。好きな女に告白するんはいいけどな、
引き際ってもんがあるんだぜ?間違うとただのしつこい男になるぞ。気を付けろ。」
そこまで言うと、男子生徒は失礼しますと逃げるように屋上を後にした。
あとは、千鶴だ。一体どうしたものか。
頭を掻きながら振り返れば、案の定まだ頬を赤くしたまま固まる千鶴がいた。
俺と目が合うと、途端に目を伏せる。
そりゃ、口にして言ってるの同じもんじゃねえか。
「悪い、聞くつもりはなかったんだ。」
「わかってます…。ありがとうございました。」
気をつけなければ聞き逃しそうな小さな声がした。
「千鶴。」
呼んでみるが、顔を上げようとはしない。
はぁとため息をつくと、俺は覚悟を決めた。
教師と生徒が恋人関係になるのはまずいのは重々承知だ。
だからっていってもう誤魔化しきれるわけでもないだろう、俺も千鶴も。
それに、今言わなければならねえ気がした。
「千鶴、おまえはその想い叶わねえと思っているのか。」
漸く千鶴が顔を上げた。
言葉の意味を咀嚼するように、目を数度瞬かせた。
逡巡する口元が何度か開閉を繰り返したあと、搾り出すように千鶴が答えた。
「…叶うわけがないと思っています。」
すぐに逸らされた視線は悲しげだった。
「どうしてだ?」
「……。」
「相手が教師――俺、だからか?」
逸らされた視線が瞠目するのがわかった。
それからゆっくりと俺を見る。
信じられないといった風に。
「どうして…。」
「気付いてないとでも思ったか。いや、そうは言っても俺も確信があったわけじゃねえが。」
何も言えなくなってしまった千鶴の代わりに、一呼吸置いてから俺は続けた。
「俺も、叶うわけがねえと思ってた。今の今までは、な。」
千鶴の目に涙が溜まる。
「おまえの想い、叶えてやる。…と言いたいところだが、俺とおまえは教師と生徒だ。
普通の恋人同士のように手を繋いでデートすることも、堂々とを外を歩くことも出来ねえ。
俺達がそういう関係だってことは隠さなきゃなんねえ。
学校にいる間は、一教師で一生徒であることは今と何も変わらねえ。
きっとそれ故に辛い想い苦しい想いもさせる。それでもいいなら、おまえの想い、叶えてやる。」
ついに涙を溢したその頬に、俺らしくもなく恐々と触れて涙を拭っていく。
ふっ…と力を抜いて、自分でも驚くらい柔らかな顔して笑っているのが、
千鶴の目に映し出された姿で知った。
千鶴が小さく頷いた。
「……それでも、いいです。」
震えた声は確かに届いた。
「千鶴、好きだ。」
「私もです…!」
嬉しそうに笑う千鶴の涙に濡れた笑顔は、今まで見た中で一番綺麗だと思った。
頬に伸ばしていた手を背中に回し、華奢な体を抱き寄せた。
「これからは告白されたら、付き合ってるやつがいるってちゃんと言えよ?」
「はい。」
久佐様より「SSLで、二人が付き合い始めるきっかけ」
この度は企画参加・リクエスト本当にありがとうございました!
ご期待に応えられたでしょうか…?少しでも感謝の気持ちになれば、と思います。
千鶴ちゃんからの告白と迷ったのですが、あまり見かけなかった千鶴ちゃんが
告白される場面を目撃して、っていう始まりにしてみましたがいかがでしたでしょう?
こんなお話になってすいません。駄文でよろしければお持ち帰りいただけたら幸いです。
感想や苦情いただけたらと思います。というか、書き直しいつでも受けますのでおしゃってください!
また、お暇なときにでも、サイトに来ていただけたらと思います。