その音に土方が縁側へと視線を動かした。
北の地の過ごしやすい夏へと移り変わる中、夏の音としてそよぐ風が鳴らす。
自然と土方の顔が微笑んだ。
「どうかしましたか?」
土方にお茶を入れるか窺いにきた千鶴が、そんな土方を見つけて声をかけた。
土方が縁側に揺れる風鈴を指し示す。
「いい音がするなと思ってな。」
浅葱に似た空色の風鈴が、風に誘われて音を響かせる。
「風鈴でしたか。」
そっと柔らかく微笑んだ千鶴が、土方の横に座った。
夏を思わせるその音が、京にいた頃の茹だる様な暑さを思い出し、
土方の綺麗な顔に浮かんでいた微笑みが苦い笑いへと変わる。
その様子に、くすくすと千鶴が笑った。
暑い暑いと口々言ったあの頃は、こんな風に二人、平穏な時間を、
それも笑い合って過ごしてるとは誰も――当の本人達ですら思わなかった。
「京に比べりゃ随分と過ごしやすいな。」
「そうですね。」
「京にいた頃にも風鈴があったなら少しは違っただろうに。」
恨めしく出た土方の言葉に、千鶴が拗ねた表情になる。
「土方さんは仕事のし過ぎで気付かれてないだけです。」
「あ?」
「風鈴、ありましたよ?」
むっとして下から見上げる強い光の宿った瞳。
かつての仕事に忙殺されていた土方を未だに怒っているのかと、その身を抱き寄せた。
「それは悪かったって。」
くつくつと笑いながらおざなりの返事をして、また風鈴へと視線を戻した。
「もう土方さんはいつもそうなんですから。」
口ではまだ拗ねているのに、土方へと体を委ねる千鶴。
短い二人の影が、一つになったように繋がった。
「仕方ねえだろう、あの頃はそんな余裕がなかったんだよ。」
相槌を打つかのように風鈴が鳴る。
「ああでもあれだな。」
「なんですか?」
何かを思いついたように、
嬉しそう――というより楽しそうに口の端を上げて土方が笑った。
それでも愛情を目一杯湛えた紫の瞳を千鶴に向けている。
「一人で聞くよりおまえと聞く方がいいに決まってるだろ?」
惚れた女と聞いた方がずっといい音に聞こえるに決まってる、
そうあけすけなく言った土方に、千鶴はただ照れたように頬を染めるしかない。
千鶴は違うのか?
と今度こそ楽しい揶揄の声がして千鶴は想いを素直に打ち明けた。
「ぅ…違わないに決まってるじゃないですか。私も土方さんと一緒の方がいいです。
京にいた頃から土方さんと一緒に聞けたらいいのにと思っていたんですから。」
それから余計なことまでつい言ってしまったようで、
千鶴は自分の言葉に更に色を深めた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。なら、しばらくは風鈴の音を楽しむとするか。」
「そうですね!」
風に乗って届く風鈴の涼よかな音は、
愛しそうに目を細める二人にとって幸せの音なのかもしれない。