自分の頬に触れる優しい何かに、目が覚めた。

「っ!!」
「起こしちまったか。」

一瞬驚いたように見えた土方さんはすぐに柔らかく笑った。
私は驚いて声も出ない。
何より、距離が近い。

「土方さん…近いです…。」

抗議してみるものの

「そりゃあな、おまえの寝顔見てたんだから。」

揶揄するように、でも、慈しむようにさらりと言われてしまう。
頬が熱くなる。
でも、その紫の瞳が心配そうに揺れた。

「おまえ、慣れない環境なのに俺に合わせて働くな。疲れてんだろ。」

はぁ…というため息にも似た嘆息と共に、気遣う声がする。

「俺が休まないからか?」
「そうだと言ったらどうするんです?」

あながち嘘ではなかった。
土方さんが起きて仕事をしていると、どうしても何かしたくて、
休んでもらえなかと思って、心配になって起きていてしまう。
土方さんが一生懸命お仕事をしているのに、休むわけには……。
何より土方さんの傍にいたいから。
それでも、まだ函館に来て短い。
環境に慣れてないことと、元々の体力の差で土方さんよりずっと早く休んでしまうけど。

「そうか、それは悪かったな。」

小言の一つでも飛んでくるかと思ったけど、聞こえてきたのは謝罪の言葉だった。
それも、とても優しい。
函館に来て、傍にいられるようになってから、土方さんはとても優しくなった。

「え?」
「なんだ?」
「い、いえ…。なんかお小言言われるかと思ったので…。」

素直に告げると、まるで困ったように嘆息する。

「おまえ俺をなんと思ってやがる…。」

そして眉間に皺を寄せると、やっぱり口調が強くなった。

「仙台と同じことやらかす気か?あの時にもしっかり言った筈だが?」

仙台では、土方さんの前で倒れることになってしまったのだ。
心配してくれた土方さんに、思いっきり怒られた。
もう土方さんに心配かけたりしたくない。

「すいません…。」
「わかったなら寝るぞ。」

私が謝ると土方さんはぶっきらぼうにそう言って私を抱き寄せた。
あっという間に土方さんの腕に包まれる。

「土方さん?寝るって」

どう考えても、寝る状況じゃないと思う。
でも、土方さんは腕にしっかり力を入れていて離そうとはしない。
私も温かい土方さんの体温に、知らず知らずと安堵を覚えてしまう。

「おまえの寝顔見てたら寝たくなったんだよ。」

笑いを含んだ声にまた揶揄するようで

「それってどういう……」
「おまえにはかなわねえって言ってんだ。」

抗議しようとしたら、柔らかな声に遮られた。

「え?」
「鬼の副長を休む気にさせるのはおまえくらいだ。ちょうど仕事も一区切りついたしな。休憩だ。」

土方さんが休む気になってくれたことが嬉しかった。
やっと休んでくれる。

「はい、休んでください。」
「おまえも休むんだ。じゃないと」
「切腹、ですか?」

なんとなくそんな風に言われる気がして、土方さんがいうより早く口にした。
くっついている土方さんの体が、驚いたように僅かに固まってすぐに頭上から嘆息したのか息がかってくすぐったい。

「ったく本当おまえにはかなわねえよ。」

諦めに似た声が降ってきて、おかしくって笑ってしまった。

「でも土方さん、この体制、寝づらくないですか?」
「あ?俺はこの方がいい。なにしろ蝦夷の地は冷えるしな。抱き枕だ。」

きっと今、土方さんはニヤリと笑ったんだと思う。

「だ、抱き枕ってなんですか…?!」

返ってきたのは、ポンポンとそっと頭を撫でる土方さんの無骨なゴツゴツした手だった。

頬が熱くなっているから、きっと顔は赤くなっている。
土方さんの腕の中にいて、この時ばかりはよかったと思った。
じわりじわりと染みる土方さんの体温にまた眠くなってきて。
この人の腕に抱かれて眠るなんて、凄く幸せなことに想えた。
こんな風に傍にいられる日が来るなんて思わなかったから。

「千鶴。」

眠りへと誘われる中、やっぱり土方さんも眠いのか、優しく呼ばれた声に、けだるさが混じっていた。

「多分おまえのことだから、傍にいたいから、何かの役に立ちたいから、そう言ってまた無理するんだろう?」

子守唄のように土方さんの声が響く。

「俺だって出来るなら傍にいてほしい。だけど、俺は無理をさせたくない。だったらおまえは俺の部屋で休め。
ま、おまえは、仕事している俺の横では休めないとか言いそうだがな。
疲れてんなら休め。おまえは休むことも仕事のうちなんだ。わかったか。」

土方さんの言葉が聞き終わるか終わらないか、小さく頷いて眠りに落ちた。
同じ頃、髪を梳くような撫でていた土方さんの手が止まり、穏やかな寝息が聞こえた気がした。












お題:花言葉のお題 02. 菫 (スミレ) / 小さな幸せ
お題サイト「恋したくなるお題様」よりお借りしました。