夜も更けた五稜郭に二人分の足音が響いていた。
夕刻、会議があった。思いの外長引いてしまい、それでもどこか煮え切らない僕らは、その後も意見を交わしていた。
向かうのは土方君の部屋。当の本人は嫌そうにしていたけどね。
今も眉間に皺寄せたお馴染みの顔をしている。
土方君が部屋のドアを開けた時だった。

「あ…。」

驚いた僕と、

「寝てやがる。」

小さな嘆息を零した、土方君。
土方君の表情は、部屋に入る前とはまるで違い、滅多に見ることが出来ないもの。
こんな顔も出来るんだ、と思ってしまう。
土方君は机の上に会議の資料を置くと、ソファで眠る雪村君の隣に腰掛けた。

「ったく、だから待たずに先に寝てろって言ったのに。」

言葉とは裏腹に、柔らかな声は、雪村君への愛情に満ちていた。
土方君が安らかに眠る雪村君の頬に触れる。
その時の笑顔が見たことがないくらい、綺麗な穏やかな笑顔だった。

「よく眠ってるね。」

その背中に声をかけてやると、小さくビクっと肩が震えた気がした。
どうやら、僕の存在は忘れられてたらしい。
土方君ともあろう人が。それだけ雪村君のことを想っているんだろうね。

「あれ?僕がいることを忘れるくらい雪村君の寝顔が綺麗だったかい?」

舌打ちしたのが聞こえてきた。

「ああ大鳥さん、気を利かせて部屋に帰ってくれたんだと思ってたぜ。」

それでも、言外になんでいるんだ、と含ませたのはさすがと言うべきかな。

「本当こいつはよく寝てやがる。綺麗な寝顔でな。」

僕に向けられた言葉か、雪村君に向けられた言葉かはわからない。
ただ、土方君の目は相変わらず雪村君を捕らえていて、この状況を知った雪村君は顔を真っ赤にして慌てそうだな。

「ふーん。どれだけ綺麗なのか僕も見てみたいなぁ。」

土方君をからかうのは最近の僕の楽しみになった。
気をつけないと、土方君の怒りに触れてしまうし、こうして惚気られてしまうけど。
どんな反応をするかな、と雪村君の顔を見ようと土方君へと近付いてみる。

「こいつは俺のもんだって言わなかったか?俺だけのもんを見せられるか。」

いじけたように声を尖らせて、雪村君を自分の腕に引き寄せて隠してしまう。

「はは。」

反射的、なのか雪村君が土方君の服を握り返しているのが見えた。
それに満足したように土方君は笑う。

「そんなに女の綺麗な寝顔見たいなら、他あたってくれ。」
「本当君は雪村君となると独占欲が強くなるよなぁ。」
「うるせぇ。」

おや…子供が拗ねたような声が返ってきて、思わず笑ってしまった。
面白くない、と言わんばかりに再び眉間に皺が寄る。

「なんだよ?」

今の土方君の顔をしっかり見てみたいと思うけど、雷が落ちそうなのでやめておこう。

「いや…土方君ってもしかして余裕ない?」
「誰かさんみたいなヤツがいるからな。」
「雪村君可愛いもんね。最近は土方君のおかげで綺麗になったようだし。周りがほっとかないかもしれないもんね。」
「ふん。」

不機嫌そうに小さく唸ると、顔を完全に雪村君へと向けてしまった。

「こいつが好きなの俺だけだ。俺以上にこいつを好きなヤツはいねえ。他にはやらねえよ。」

相変わらずあまり余裕がないようだけど、空気が柔らかくなったから、雪村君に微笑みかけたのだろう。
牽制というより、雪村君への愛の言葉かな。

「で?大鳥さん、いつまでいるつもりだ?」

どうやら、そろそろ退出の時らしい。
でも今日は珍しいもの…いいものを見た気がする。
土方君にはしばらくの間からかわせてもらおうかな。

「これ以上惚気られても困るしね。今日の話の続きは明日しよう。」
「そうしてくれ。」

ひらひらと手を動かして早く帰れという。

「じゃあ土方君お疲れ様。雪村君しっかり休ませてやれよ。もちろん君もね。」
「ああ、お疲れさん。」

土方君の声を聞き届けて、ドアを閉めて部屋を出る。
間もなくして足音がしたから、雪村君を抱き抱えて、部屋に備え付けられたベッドに運んでるんだろう。
やがて、自分の部屋へと歩くその後ろから、ガチャ…と鍵を閉める音がした。