朝食に姿を見せなかった土方さんのお部屋に行ったその日の昼食。
自分が調理当番だったこともあり、土方さんのリクエストの炊き合わせを作った。
――江戸の味付けがいい。
その言葉通り、江戸の味付けだ。
寧ろその土方さんの言葉は嬉しかった。
京の味付けはなかなか慣れず、慣れ親しんだ江戸の味の方が得意だ。
いつもよりも早く勝手場に入って、一生懸命作ったから。
「土方さんのお口に合えばいいけど。」
膳に並べた炊き合わせは彩り良く、我ながらよく出来たと思う。
「よし。」
誰かの為にこんなに一生懸命に作ったのはいつ以来だろう?
そして、凄くドキドキした。
「膳を運ばなくちゃ。」
膳を広間に運び入れる。
全員分の膳が運び終わる頃、幹部の皆さんがぞろぞろと集まってきた。
「うわー!炊き合わせじゃん!美味そう!」
平助君は目を輝かせてくれた。
「千鶴が当番か?そりゃ期待できるな。」
原田さんも。
なんだか嬉しかった。
皆さんが揃う頃には、土方さんも近藤さんと話ながら広間に入ってきた。
近藤さんは、膳を見るなり
「今日は特に美味そうだなぁ。」
とニコニコ笑ってくれた。
「なぁトシ。」
「そうだな。」
土方さんも膳に並ぶ料理を見て、綺麗な笑顔を浮かべてくれた。
嬉しそうにも見えるのは私の気のせいかな。
食事が始まってからも、みんな口々に料理を褒めてくれた。
でも、土方さんの表情が何より嬉しかった。
一口炊き合わせを口にして、満足げにまた笑ってくれたから。
頑張って作った甲斐があったと思う。
食事が終わり、膳を下げていると、
「千鶴。」
ふと土方さんに呼び止められた。
「なんでしょうか?」
「俺はこれから近藤さんと出なきゃならねえ。戻ったら茶煎れてくれ。」
「はい!」
私の返事を待たずに土方さんは近藤さんと出かけていってしまった。
本当に忙しい人だなぁと思う。
今日なんかは朝ご飯も食べず、髪を結う手前すら惜しんでお昼までお仕事をしていて、
昼ご飯食べたら食べたですぐに出掛けてしまった。
でも、と思う。
さっき、昼ご飯の時に見た土方さんの笑顔は、
少なくともその時間は肩の力を抜いてるようなそんな気がした。
「千鶴、手伝うよ!」
そんなことを考えていたら、平助君が、私の手の中の膳を半分持ってくれた。
「ありがとう、平助君。」
「ま、あんな美味いもん食わされちゃあな。」
後ろから原田さんの声が聞こえてきて振り向くと、
広間にあった残りの膳を持っている。
「原田さんまで……!ありがとうございます。」
すると、手の中が軽くなる。
えっと思うといつの間にか斎藤さんが来ていて、
私が持っていた残りの膳を持ってくれていた。
「斎藤さん。ありがとうございます。」
「礼には及ばん。……もしかして、雪村、今日のは副長のリクエストか?」
「よくわかりましたね。」
斎藤さんは柔らかく笑うと
「あれは副長の好物の一つだからな。
それに、炊き合わせを食べている時の副長は嬉しそうだった。」
ここは、さすが斎藤さん、というべきかな。
「土方さんのリクエストかぁ。
じゃあ土方さんに感謝しなきゃな。屯所で久々にあんな料理食ったぜ。」
「だな。」
「千鶴、今度は俺もリクエストしていいか?」
「うん。」
すっかり手持ち無沙汰になりながみんなと賑やかにお昼ご飯の片付けをした。
土方さんは自分の希望通りにしたらみんな怒るんじゃないかって言ってたけど、
皆さん喜んでるみたい。
それから、繕いものをして、中庭の掃除をしていると、土方さんが戻ってきた。
「おかえりなさい、土方さん。」
「おう。」
「近藤さんはご一緒じゃないんですか?」
確か、近藤さんと出掛けた筈。
「近藤さんは別件があってまだ帰らねえ。
俺は俺でまだやらなきゃいけない仕事があるからな。」
相変わらず、厳しい顔をして土方さんは言った。
そういえばお昼ご飯の後、お茶を頼まれてたんだった。
「土方さん、すぐにお茶をお持ちしますね。」
「ああ頼む。」
それだけ言うと、土方さんは自室へと戻っていった。
私もお茶を入れる為勝手場に急ぐのだった。
「土方さん、お茶をお持ちしました。」
「入れ。」
障子越しに声をかけると、いつものように短い答えが返ってきた。
「失礼します。」
部屋に入ると、見慣れた光景となった、文机に向かう土方さんの姿があった。
「邪魔にならないところに置いといてくれるか。」
「わかりました。」
そっとお茶を置いて、部屋を出ようとした時だった。
「千鶴、甘いもんは好きか?」
突然の質問に驚いた。
足を止めて振り返るが、変わらぬ土方さんの姿がある。
「はい、好きですけど。」
「そうか。」
土方さんが少し笑った気がした。
土方さんがこちらを向く。
ごそごそと着物の袂を探り、小さな包みを渡してくれた。
「わぁ可愛い。」
声を上げずにいられなかったそれは、
キラキラと丸い宝石のような色とりどりの飴玉だった。
そんな私の反応に満足したのか、再び土方さんは文机に向かう。
「どうしたんですか?これ。」
私が聞くと、土方さんはお茶を一口飲んだ後こう言ってくれた。
「昼の炊き合わせの礼だ。」
それは予想にしなかった言葉だった。
「美味かった。おまえ、また料理の腕あげただろう。
あんな美味いのはここ暫く食べたことねえ。」
相変わらず文机には向いているものの、口元は笑っていた。
「ありがとうございます!頑張って作った甲斐がありました!
また、何か食べたいものがあったら言ってくださいね!」
嬉しくて、ついそんなことを言ってしまったけれど。
「大丈夫か?朝も言ったが、【やっぱり出来ない】は許さねえぞ?」
「はい!」
何か言われるかと思ったけど、嬉しい言葉に力がこもる。
「そりゃ頼もしい。これからが楽しみだな。
そういや、あいつらにはなんか言われなかったか?」
「はい、寧ろ、皆さんに喜んでいただけたみたいです。」
「それならこれから構わないな。」
誰かの為に何かをする、誰かの為に料理を作る、
そうしてこんな風に笑顔が見られるのは嬉しかった。
その時だけは、何もかも忘れて休めるなら。
「土方さん、飴玉、ありがとうございます!」
今回は思わぬご褒美をいただいた。
ニッコリ笑うと、いつの間にか土方さんが私を見ていて、
珍しく表情を和らげて、
「やっぱおまえも女なんだな。」
と言った。
「え?」
言われた言葉の意味が飲み込めなくて、聞き返してしまう。
だけど、
「俺は忙しいんだ、もう用がないなら帰れ。」
と言われてしまった。
さらさらと仕事を再開した土方さんにこれ以上聞いても無駄と思い、
大人しく下がることにした。
「また、時間を見て、お茶、お持ちしますね。」
「ああ。」
「失礼しました。」
土方さんの部屋を出て、帰る時、陽の光りを浴びて、
手の中の飴玉がキラキラ輝いている。
「ふふ。」
――炊き合わせの礼だ。
元はと言えば、私が勝手に言い出したことなのに。
ご飯の時に見たあの笑顔でも十分嬉しかったのに。
土方さんがこうして、自分に買ってきて下さったのが、
とても嬉しくて幸せな気持ちになれた。
――やっぱおまえも女なんだな
その言葉の意味はよくわからないままだったけど。
自然と顔が綻んでしまう。
また、喜んで貰えるように頑張ろうって、
もし、お料理を作ることで何か役に立てているなら
もっと頑張ろうって思ったのだった。
千鶴が土方の言葉の意味を知るのはもう少し先のお話――。
お題:空色模様の恋模様 09. 僕のてのひらに降りてきたもの
お題サイト「恋したくなるお題」サイト様よりお借りしました。