眠れなくて、意識が浮上する。
目を開ければ、規則正しい寝息を立てる、穏やかな夫の寝顔。
思わず零れてしまう笑み。

たまには眠れないのもいいかもしれない。

ふとそんなことを思ってしまうくらい、何気ない幸せを感じてしまった。
小さく身じろげば自分を抱く腕の力が強くなった気がした。
ただ黙って綺麗なその寝顔を見ていた。

「眠れないのか?」

目が開いて少し驚いてしまう。
そういえば些細な気配にも聡い人だった。
穏やか過ぎる暮らしの中で、戦いを連想する些細なことを忘れていた。
そっと微笑まれると気恥ずかしさを感じる。

「すいません、起こしてしまいましたか?」
「構いやしねえよ。」

どこか眠たそうにしながらも、そっと髪を梳くように撫でられた。
心地よい感触に身を委ねてみる。

「歳三さん。」
「ん?」
「あったかいですね。」

まだ春先のひんやりとする夜更け。
密着するように接している歳三さんの体から、彼の体温が伝わってきてとても温かい。
目を細めるようにして私を見て、そっと同意してくれた。

「そうだな。」

すぐにその目が見開かれ、また細められる。
彼の温もりが頬に触れた。
また泣いてしまったようだ。

「何を泣いている。」

困ったような優しい声がした。

「わかりません。」

温もりが愛しいと思ったら泣いていたようで。
もしかして、不安になってしまったかな。

「千鶴、不安か?」

心配そうに聞く彼の言葉はまるで私の心をまるで見透かしている。

「歳三さんにはお見通しなんですね。」
「あたりまだ。どれだけおまえのこと見てると思ってるんだ。」

わざと拗ねたように言った口調がおかしくて、少し笑ってしまった。

「泣き顔も美人だが、千鶴は笑ってる方が美人だな。」

突然の褒め言葉に思わず照れてしまう。

「千鶴、大丈夫だ。まだまだ先には逝けないさ。」
「本当ですか?」
「ああ。泣き虫なおまえをほっておけないからな。」

初めて五稜郭裏の桜の園で桜を見た時、似たような言葉を言われたことを思い出した。

「おまえの涙は俺が一生拭ってやる。だから、ずっと隣で笑ってろ。わかったか?」

懐かしい命令口調で、柔らかく笑いながら、優しい言葉を紡がれる。
歳三さんの姿が霞んで見えたから、また泣いてしまいそうで。

「はい。」

泣かないように笑ったのに、ポロリと涙が零れ落ちてしまった。

「泣きながら笑うヤツがあるか。」

そう言いながらまた歳三さんは柔らかく笑う。

「すいません。」
「謝る必要はないさ。少しは安心したか?」
「はい。」
「そうか。」
「でも、まだ少し眠れそうにはないかもしれません。」

だけど、眠くはなくてそう正直に伝えれば、やっぱり困ったように笑う。

「なら、しばらく俺も起きてるか。」
「歳三さんは眠かったら寝てください。」
「あ?おまえにしっかり見つめられてると俺が寝れねえよ。」

可愛いとも思えるその言葉に、こっちが照れてしまう。
ふふ、と笑うと、睨まれたけれど、歳三さんも照れているのか、あまり迫力がない。

「おい、あまり笑うな。」

今度は本当に拗ねたようだ。

「まあいい。じゃあ千鶴、少し話でもするか。」
「はい。」

何の話をしましょうか。
梅の花が綻ぶ季節ですね。
何気ない会話を、寝床で交わすのはとても不思議な感覚だった。
声を潜めて話すから、内緒話をしているようにも思えて、
こういうのも悪くないなと思う。
そのせいか、いつも以上に歳三さんの声が優しく聞こえる。
こういうのを何と呼ぶのかな。
胸の奥がほんのりと温かく満たされていく。じんわりと。
きっとこういうのも幸せって言うんだと思う。
徐々に徐々に眠気がやってきて。
体に染み入る歳三さんの体温も心地いい。

「千鶴、眠かったら寝ていいぞ。」

そんな声が降ってきて。

「歳三さんもです。」

そう返すと

「俺はおまえが寝たら寝るさ。」

と笑いながら返された。

「千鶴。」

さっきよりも力を込められた腕の力に、歳三さん?とその顔を見上げた。
とても穏やかな表情が私を見ていた。
それは私の心までも穏やかにした。

「寝るか、一緒に。」
「はい。そうですね。」

心なしか歳三さんも眠そうだ。

「おやすみ、千鶴。」
「おやすみなさい、歳三さん。」

二度目の寝る挨拶を交わし、額に歳三さんの唇を受け止めた。
意識はすぐに飛んでいった。

「安心して寝ろよ。」

夢の中で聞いた声なのか、歳三さんの声が聞こえた気がした。
朝、昨夜眠れなかったのが響いてか、いつもより遅く目が覚めた。
起きれば既に歳三さんが目を覚ましていて、

「おはよう。」

と微笑む歳三さんと目が合った。
気恥ずかしさに目を背けようとしたけど、どうしてだろううまくいかない。

「眠れたか?」
「はい、おかげさまで。その分遅く起きてしまいました。すいません。」
「たまにはいいんじゃねえか?」

そんな日も。
眠れない夜も、遅く起きた朝も。

「今日はゆっくりするか。」

昨日感じた不安は、いつの間にか消えていた。
残るのは幸せだという気持ちだけ。
少し、もう少しまどろんでいませんか。

「一日こうしてるのも悪くねえと思うが?」

悪戯っぽく笑った彼に、断る理由もなく。

「そうですね。」

笑って応じたら、優しい口付けが降りてきた。
優しく、たわむれるように、穏やかな愛情で。





お題「音楽用語のお題」04. scherzando (スケルツァンド)/たわむれるように(伊)
お題サイト「恋したくなるお題」様よりお借りしました。