ううん、まだ1年というべきかもしれない。
それでも、この1年凄く幸せな1年だった。
これからもこうして1年、また1年と積み重ねていけたらいいな。
「歳三さんは覚えてるかな?」
忘れてそうだよね。でも、いっか。
今日は何かお祝いが出来たらいいのだけど。
でも、私が出来るのってお料理くらいしかないからな。
「よし。」
そう思ったら、今日のお料理は腕によりを掛けて作らなくっちゃ。
「何がよしなんだ?」
「と、歳三さん?!」
出かけているはずの歳三さんの声がして驚いた。
あんまりにも驚いてしまったので、
すっかり穏やかな表情が見慣れていたのに、眉間に皺を寄せた歳三さんが立っていた。
「そんなに驚くこたあないだろ。」
確か、出かける時には夕刻になりそうだと言っていたような。
そう歳三さんに言うと、
「そうだったんだが、思いの他早く用事が済んでな。」
そう返ってきた。
歳三さんの手には小さな紙包みが二つ。
「そうだったんですか。でしたら、今お茶を用意しますね。」
「ああ、そうしてくれ。」
にこやかに笑って頷いた歳三さんは、持っていた紙包みの一つを、
お茶を入れに勝手場へと降りた私に差し出した。
「これ、なんですか?」
「茶請けの菓子だ。おまえの分の茶も持って来い。」
「ありがとうございます!」
その些細な気遣いがとても嬉しかった。
歳三さんは、目を細めてやっぱり笑い、ぽんっと頭に手を置くと居間へと上がっていた。
この1年、歳三さんはよく笑うようになった。ドキッとするくらい、優しく。
それから、とても穏やかな表情もする。
その一つ一つにまだ慣れなくて、その度にドキドキするし、顔が熱くなることも多かった。
「あ、可愛い。」
紙包みを開けると、お花や葉っぱ、果物を象った可愛らしい干菓子達。
歳三さんがどんな風にしてこれを買ったのか、それを思うとなんだか可愛く思えてきた。
「ふふ。」
自然と顔が綻んでしまう。
あんまり待たせてしまうと、歳三さんにまた変に思われそうだから、
私は手早く二人分のお茶を煎れた。
お盆に二人分のお茶と、
歳三さんが買って来てくださった干菓子を載せて歳三さんの待つ居間へと急いだ。
「お待たせしました。」
居間へと覗くともう一つの紙包みを横に、胡坐をかいて寛いでいた。
「おう。」
「干菓子、ありがとうございます。
とても可愛いので食べるのがもったいないくらいです。」
そう笑いながら歳三さんへ湯飲みを手渡し、その隣に座った。
「だからって食べてくれねえと買ってきた意味がねえんだがな。」
歳三さんは困ったように、でも優しく表情を崩す。
お茶を一口飲むと
「やっぱおまえの茶はうまいな。」
いつもくれる褒め言葉。
何度聞いてもくすぐったい感覚を覚えてしまう。
それを隠すように私もお茶を口に含んだ。
二人お茶を飲んでゆっくりするなんて、いつかの私は想像できただろうか。
ううん、きっと想像できない。
1年前も、これから先歳三さんの傍にいられるってことが
たまらなく嬉しかったくらいだもの。
「千鶴。」
ふと、名前を呼ばれて、なんだろうと首を傾げて歳三さんを見た。
すると、歳三さんは目を逸らしてしまう。
あれ?
「これやる。」
ぽーんと投げるように渡されたのは、
歳三さんが干菓子と一緒に買ってきたであろう紙包み。
「へ?」
わけがわからずにいると、
「いいから開けてみろ。」
ぶっきらぼうな歳三さんの声がした。
「あ、はい。」
言われるままにその紙包みを開けてみれば、小花がさりげなく散る、綺麗な巾着袋。
そっと袋から出すため、その巾着を持ち上げてみたら、何かが入ってる感触がした。
その巾着を開けてみれば、小さな桜の飾りが揺れる簪と、
おそろいの小さな桜の飾りがついた鼈甲の櫛が入っていた。
「これ…私に…?」
驚きと嬉しさでそれ以上の言葉が出てこない。
とても可愛い3つの贈り物。
歳三さんを見れば、目元が少し赤くなっていて、珍しく照れたような表情を浮かべている。
「おまえ以外にいねえだろう。」
「でも、どうして…?」
「おまえと同じ考えだよ。」
そう言われて、え?と思う。
「今日で1年だからな。」
祝言をあげて、そういう歳三さんの言葉に全てを理解した。
「千鶴のことだから、1年経ったからなにかしてえと思って、
腕によりをかけて料理でも作ろうと思ってたんだろ。」
ニヤリとあっさり言い当てられてしまう。
「う…全部お見通しなんですか。」
「まあな。それに俺も千鶴に何かしてやりてえと思ってたからな。」
歳三さんは私の手から簪を取ると、私の髪を結っている紫のリボンを外した。
それから私の体を引き寄せて、髪を纏め上げた。
「よく似合うな。」
歳三さんの腕の中、満足そうに笑う歳三さんの顔があった。
そっと髪を触れると、もらった桜の簪が刺さっている。
「去年、形だけだが祝言をあげた時、
三々九度だけでなんもしてやれなかったからな。」
男の人が女の人が櫛を上げるその意味、私もわかってないわけじゃないから。
本当はあの時せめて贈り物の一つはしてやりたかったんだぜ?
そんな風に言う歳三さんの気持ちが更に幸せになっていく。
「櫛と簪で2年分だな。」
「ありがとうございます…!」
胸が一杯であったかくなって、目頭が熱くなる。
「大事にしますね。」
とても幸せ。
「やっぱり歳三さんにはもらってばかりですね。
今日は私がお祝いしようと思ったんですけど。」
「でも、これからうまい料理作ってくれるんだろう?」
「はい!」
「で、その後は千鶴をくれるんだろう?」
言葉の意味が瞬時にはわかりかねた。
でも、歳三さんが私を見るその目が
艶めく色が覗いたのを見つけると、全身が熱くなってしまう。
きっと顔だけじゃない、全部が赤くなっている、それくらい。
「えと…。」
途端に恥ずかしくなって、歳三さんの顔をまともに見ることが出来ない。
顔を俯かせると、頤を歳三さんの手に掬われて顔を元に戻されてしまった。
「千鶴も含めての今日の料理だろ?」
否定するつもりはない。だからって素直に肯定するのはとても恥ずかしかった。
なのに、射すくめられたように、私はその視線に捕らえられてしまう。
全て全てこの人に捕まってしまっている。
多分、何年経ってもそれは変えられないし、かなうとも思えない。
「千鶴。」
甘く囁かれてはたまらない。
「…はい。」
歳三さんには聞こえるくらいの声で私は答えた。
歳三さんの表情を確認するや否や、口付けが降りてきた。
そっと触れるだけ。
「千鶴、これからもよろしくな。」
まだ触れてるんじゃないかと思うくらい、近い距離。
「これからも幸せな生活を送っていこうな。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
自然とまた口付けを重ねる。
今度はさっきよりも深く。
これからも幸せな生活を、そう歳三さんは言っていた。
ということはつまり、歳三さんも今までの生活を幸せだと思っていてくれたんだ。
嬉しい。
ふいに、唇が離れた。
「おい、口付けしながら泣くな。」
どうやらあまりの嬉しくさに泣いてしまったらしい。
「すいません、歳三さんも今まで幸せだと思ってくれたんだなって思うと嬉しくて。」
長いような短いような1年。
これから積み重ねる新しい1年。
勿論、歳三さんのこれまでを考えると、とても大きな1年だけど。
「おまえがいつも幸せそうに笑うからな。」
「だって幸せですもん。この1年で歳三さんもよく笑うようになりましたね。」
これからも、大好きな人の笑顔の隣で笑っていられますように。
歳三さんの指が頬に触れて、また泣いてしまったことを知る。
優しい感触が消えた後、そっと唇が重なる。
「千鶴との暮らしは飽きないからな。幸せなくらいに。」
また来年、こうして歳三さんとお祝いが出来たらいいな。
夫婦となり、ずっと彼の傍にいられることを許されたこの日を、私は忘れはしないから。