空には、今まさに沈まんとしている夕陽。
何かに思い立った土方は、手に取りかけた煙草をしまい、屋上を後にした。
「千鶴。」
土方が向かった先は、千鶴が待ってるであろう準備室だった。
ノックもせず、準備室のドアを開けて覗き込めば、
土方の帰りを待っていた千鶴の姿があった。
中に入らず千鶴を呼べば、にこやかに千鶴が土方を向いた。
「あ、土方先生。おかえりなさい。」
「ああ。ちょっと来い。」
土方は手招きするように千鶴を呼び寄せて、その手を取ると再び屋上へと歩き出した。
「えっちょっ…先生?!あの…。」
放課後でいくら生徒が少ないとはいえ、
校内で手を繋ぐなんて、もしもの時関係がばれてしまうかもしれない。
それ以上に、校外でひっそりと手を繋ぐことはあっても、
校内でそれも誰かの目の触れるようなところで手を繋ぐことが初めてで、
千鶴はなんとも言えない気恥ずかしさと、
何かいけないことをしているかのような行為に、頬を染めずにはいられなかった。
土方は、千鶴の反応をわかっているのか、握る力を強めて構わず歩を進めている。
「今更何恥ずかしがってんだよ。」
「だって、ここ学校…。」
「構わねえだろ、誰も残っちゃいねえよ。それよか早くしねえと見逃しちまうぞ。」
「へ?」
見逃すって何を、と千鶴が言いかけたところで、ちょうど屋上に着いた。
一度千鶴を振り返った土方は、にやりと笑ってこう言った。
「間に合ったな。」
何が、と聞かなくても、目の前に広がる光景で十分答えになっていた。
土方に連れて行かれて屋上の一番西の空に近いとこえろへ行けば、
目の前には綺麗に広がるオレンジからグラデーションに色を変えた夕暮れ時の空。
地平線の際までその姿を下げた済んだオレンジの光。
もう少し遅ければきっとそれは沈んでいただろう。
「さっき一服しに来た時に気が付いてな。」
おまえに見せようと思って、
そう笑った土方の顔にも綺麗な夕陽がかかり、その顔のよさを引き立てているようだ。
そんな心遣いが千鶴は嬉しかった。
「わぁ…凄い。綺麗ですね!」
ふわりと笑い、土方を見やる。
「一人で見るのももったいねえし。」
「先生と見れてなんか幸せです。」
照れたように笑う千鶴の頬が赤いのは、夕陽のせいか千鶴の想いか。
「綺麗な景色は、やっぱり好きな人と見たいですもん。」
言っといて恥ずかしくなったのか、千鶴はすぐに顔を夕陽へと向けて、土方から顔を背けた。
その様子を愛しそうに見つめながら、土方も千鶴に倣って夕陽に顔を向ける。
土方の手が千鶴の肩へ伸び、そのまま自分の方へと引き寄せた。
瞬間少し強張った千鶴の体が、すぐに土方にゆだねるように弛緩していった。
「でもなんか不思議な気分です。」
「なにがだ?」
「なにがって先生と学校でこうしてるのが。」
関係が周りに知られるとまずいから、と学校では
土方の私室と化している教科準備室以外で二人で逢うことはあまりなかった。
一教師と一生徒、その関係を保っていた。
屋上は土方の数少ない校内喫煙所である。
土方が喫煙所にしたのが先か、生徒達が立ち寄らなくなったのが先か、
今では屋上に来るような生徒ははいない。
学校の屋上で土方と二人で夕陽を見ているのが、
なんだか二人だけの秘め事のようで、千鶴はくすぐったさを感じていた。
「そうだったな。ま、たまにはいいだろ、こういうのも。」
幸せそうな千鶴と、穏やかな表情をしている土方。
二人肩を並べて沈み行く夕陽を言葉少なに眺めていた。
「さすがに少し冷えてきたな。」
太陽が西の空の端に沈んだ頃、土方が口を開いた。
「遅くなったし、帰るか。送ってやる。」
「はい。……あ、先生。」
「なんだ?」
「ありがとうございます。」
綻んで笑う千鶴に、土方は温かな表情をする。
「また見に来るか。」
「はい!」
そうして土方と千鶴は、仲良く屋上を後にした。
お題「陽だまりの恋のお題」10.オレンジの陽
お題サイト「恋したくなるお題」サイト様よりお借りしました。