電話越しに土方の声と共に聞こえてくるのは、土方が持ち帰った仕事をする音だ。
千鶴は、その音に小さなため息をついた。

二人は生徒と先生という間柄だ。
週末や休日、学校の準備室、限られた時間しか恋人らしい時間が持てない二人には、
夜の電話の時間はささやかな二人だけの時間だった。

また先生お仕事してる。
声を聞いてるだけでも十分なんだけど……

『千鶴どうした?ため息なんかついて。』

どうやら聞こえてないと思っていた小さなため息は、しっかり土方に気付かれていたらしい。

「だって先生、まだお仕事してるんですもん。」
『いつものことじゃねえか。』
「ですけど……。」
『なんだ、今日はやけに食いつくじゃねえか。』

パサリと書類をめくる音が聞こえてきた。
同時に、喉の奥で笑う土方の声がする。

「……もし、今、……すぐ会いたいって言ったら、……どうしますか?」
『千鶴?』

驚いたように呼ばれた自分の名前に千鶴は、はっとした。
どうやら、会いたい、そう心の中だけで思っていたつもりが、ぽろりと声に乗せてしまったらしい。
土方は、何かを考えるように黙ってしまっている。

どうしよう…先生に呆れられちゃったよね…。
言うつもりなかったのに。

「あっいえ、なんでもありません。すいません。忘れてください。」

慌てて千鶴は、自分の言葉を否定するが、聞こえてきたのは

『千鶴、今から外出るか?』

という土方の言葉。

「へ?!」

呆れられている、と思っていた千鶴にとっては予想してなかった言葉だ。
それは、土方が千鶴の会いたいという言葉に応じたことを意味していた。

『へ?じゃねえよ。会いたいっつったのはおまえだろうが。』
「だって」
『だっても何もねえ。』

またパサリと書類をめくる音がする。

「でも、先生のお仕事の邪魔になりますし……。」
『邪魔じゃねえよ。休憩しろっていつも言ってんのおまえじゃねえか。』
「そうですけど…。」

先生の邪魔だけはしたくないのに。
それより早く休んでほしい。
だってこれは私のわがままだもの。

『俺も千鶴に会いてえんだよ。おまえに会うのが何よりの休憩だ。』

柔らかな土方の声が耳を撫でる。
電話の向こうで言われた言葉に、千鶴の頬がほんのりと染まる。

先生も同じだったんだ。
それがなんだか凄く嬉しい。

『で、会いてえのか会いたくねえのかどっちなんだ。』
「…会いたい…です。」

控えめながらにもはっきりと主張された千鶴の返事に、
ふっと、小さな息が聞こえて、土方が笑った気配がした。
千鶴は嬉しさと緊張とで早くなった鼓動が
電話越しに聞こえるんじゃないかと、心配になるほどドキドキしていた。

『なら決まりだな。なに、せっかくの千鶴のわがままだ、答えてやりたくもなるだろ。』

楽しげで、そしてあまり千鶴から言わない小さなわがままに、嬉しそうな土方の声だ。

『千鶴、おまえん家着いたら電話するから、それまで部屋で大人しく待ってろ。』
「はい!」

満面の笑顔の千鶴は、弾んだ声で返事をした。
一旦切るぞ、と電話は切られた。
会えるとわかれば、気持ちははやるもので。

早く会いたい。
連絡するまで部屋で待ってろって言われたけれど…いいよね。


数分後、千鶴の家の前まで来た土方は、部屋で待っている筈の千鶴が外にいたのに驚いた。
とりあえず、助手席へと手招いて乗せると開口一番に

「おい、部屋で待ってろって言わなかったか?」

咎めるようにそう聞いた。
暗い夜に一人外に待たせるのは危ないからと、部屋で待っているよう土方は言ったわけだが。

「すいません、だって、先生に早く会いたくて。」

小さく頭を下げて謝罪の言葉を口にした後、照れたように笑いながら千鶴が答えた。
その笑顔に、かなわない、といったように土方は困ったように笑う。
可愛らしい千鶴を自分の方に引き寄せるように、華奢な体に腕を回した。
少しだけ近づいた距離に、千鶴はさっと顔を赤く染めてしまう。

「その気持ちはありがてえんだけどよ、
 こんな時間に女一人外待たせるのは何かと心配なんだよ。察しやがれ。」

言葉とは裏腹にその声音は優しかった。
だから、千鶴の顔を笑顔にする。
こつんと額と額があわさって、
にやりと笑った土方の顔が間近にあって、千鶴の心臓が一際大きく鳴った。

「今回はおまえの可愛いわがままに免じて許してやるよ。」
「なっ…!か、可愛くなんかないです!」

真っ赤な顔をして口をパクパクさせた千鶴に、土方は駄目押しにとばかり唇を重ねた。

「嬉しかったんだぜ?あんまり千鶴からこうしてほしいって言わねえからな。
 また会いたくなったら遠慮なく言えよ?」
「でも、土方先生のご迷惑にはなりたくないですもん。」
「惚れた女に会いたいって言われて迷惑がる男なんざいねえよ。」

土方の言葉に千鶴が耳まで顔を赤くし、けれど、嬉しそうに笑った。

「先生、そんなこと言うと大変ですよ?」

千鶴がそのまま土方の腕の中に顔を埋めると、優しく悪戯な声が降ってくる。

「ほう、それは楽しみだ。千鶴も覚悟しとけよ?」
「どういう意味ですか?」
「俺もこれからはおまえに会いてえって思ったら遠慮しねえからな。」
「だ、大丈夫です。
 だって、惚れた男の人に会いたいって言われたら嬉しいじゃないですか。」

千鶴の言葉に、土方は一瞬目を見開いたがすぐ元の柔らかな表情で微笑った。

まだ、離れたくない。
だから、

「もう少しだけ、こうしてていいですか。」

千鶴の問いに言葉では答えず、もう一度唇を重ねることで土方は想いに答えた。
まるですぐに訪れるしばしの別れを名残惜しむかのように、今度は長く深い口付けだった。





”選択課題・恋する台詞”「……もし、今、……すぐ会いたいって言ったら」
お題サイト「rewrite」様より