「千鶴。」

名前を呼ばれて、手伝っている仕事を止めて振り返れば、
口元に涼しげな笑みを浮かべた土方先生。
もうすでに私の分のプリントは終わってあとは揃えるだけ。

「あ、もう終わりです。」

トントンと揃えてプリントの束を土方先生に渡した。

「いつも悪いな。」
「いえ、私がやりたくてやってるだけ――…ってきゃっ!!」

プリントは受け取った土方先生は片方で机に置き、
まるで流れ作業のように私の手に添えたまま、土方先生の方へと引き寄せられる。

「いきなり何するんですか?!」

土方先生の膝の上に座るように、私は抱きとめられていて、すぐ傍には綺麗な土方先生の顔。

「褒美だ。」

答えになってない答えを言ったあと、先生の手は私の顎を持ち上げる。
あっという間に距離が近くなって、そっと目を閉じた。
それからすぐに柔らかいものが唇に触れた。
じれったくなるくらい重ねるだけの優しいキスだった。
唇が離れてから、やっぱりニヤリと笑う土方先生がいた。
悪戯を含んだ楽しげな笑顔に、なんだかイヤな予感もしたけれど、
どうしてだろうこのまま終わってしまうのは物足りないような気もする。

「先生、今日何の日か知っていますか?」

朝見た情報番組でやっていたことを思い出した。
すると、先生はさらにニヤリと笑う。
間近で見るとその笑顔の威力は抜群で、鼓動がドキドキと強く早く鳴り響く。
体が密着するようにくっついている。
顔も頬から耳まで熱くて、赤くなっているのかもしれない。
そうすると、恥ずかしくなって土方先生の顔を見ていられなかった。

「おい、てめえで言い出したんだろう。」

わずかに背けた顔をくいっと戻されて

「そんな可愛い反応されちゃそうじゃなくてももっとしたくなるな。」

秘め事のように先生は囁くから、近い距離で息がかかってくすぐったい。

「今日は、キスの日、そうだろう?」

頷く代わりに先生のシャツを握る力を強くすることで答えた。
目を瞑れば、さっきより深いキスを送られた。
角度を変え何度も啄ばむようにしたあと、
息をしようと薄く開いたところを先生の舌が侵入してきた。

「…んっ…。」

ややあって乱れた息を整えながら先生を見れば

「おまえが煽るのが悪い。」

熱のこもった視線のままそう言われてしまった。
そんなこと言われても、私は煽ったつもりなんてない。

「ああ煽ってなんか…!」
「そうなのか?」
「当たり前です!」
「じゃあなんでキスの日の話なんかしたんだ?」
「それはその……。」

もう少しキスがしたかったから、なんてそれこそ恥ずかしすぎて口に出来ない。

「そんなに俺とキスがしたかったか。」
「う……。」

改めてそう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。

「あんなこと言わなくたっていつでもしてやるのに。」

俺にはいつがキスの日だとか関係ねえんだよ
真っ直ぐに射抜く瞳で捕われて、今日何度目か知れないキスをした。





5月23日「キスの日」/
1946年5月23日に、日本で初めてキスシーンが登場する映画である、
佐々木康監督の『はたちの青春』が封切りされたことから。