土方さんはこっちに来てからも相変わらず仕事に追われていた。
何度口煩く【休んでください】と言ったかわからない。

「土方さん、お茶です。」
「ああ悪いな。」

邪魔にならないように長椅子の前の机に置くと、
切りよく筆を置いた土方さんが一つ伸びをするように立ち上がった。
ここ2、3日ろくに寝ていないみたいだから、いつも以上に顔色が悪く見える。

「土方さん、ちゃんと休まずにお仕事されてたんですか?」
「そんなことはねえよ。」

言いながらお茶を飲む土方さんは、そうやってごまかそうとする。

「嘘をつかれてもすぐわかるんですからね。」

ごまかされるつもりはないから、
更に強く言い募ると、土方さんは諦めたようにため息を一つ。
けれど、その顔はなんだか嬉しそうにも見える、
ちょっと困ったようなそんな微笑みを浮かべていた。

「本当おまえってやつは。」
「何を言われても休んでいただくまで私は口煩く言いますから。」
「違えよ。かなわねえって言ってるんだ。」

真っ直ぐに土方さんを見ていたら、そう柔らかく返されて何も言えなくなってしまう。

「でもこうして休んでるからいいだろ。」
「よ、よくないです!
 今だけじゃなく、ちゃんと寝台でも休んでいただかないと体が――」

そこまで言って湯呑みで殆どが隠れてしまった口元に、笑みが浮かんでいることに気付いた。
土方さんは、私がどういう反応するかわかっていて、あんなことを言ったのだ。

「もう、どれだけ心配してると思ってるんですか。」
「おまえには悪いと思ってるさ。」
「だったら」
「千鶴とこうしてるだけでも俺にとっては十分過ぎるほどの休息なんだよ。」

湯呑みに入れたお茶を飲み干した土方さんが、ぽつりとそう言ってくれた。
そうは言ってもやっぱり眠いのか、
欠伸を噛み殺したような表情に、何だか可愛く見えてしまう。

「じゃあなんでそんなに眠そうにしてらっしゃるんですか。」
「おまえの目の錯覚だ。」

ぶっきらぼうに土方さんは言い切った。
この人は昔こういう人だった。
そうしてまた少ししたら執務机に戻って書類の山と格闘するのだろう。
でももう少し休んで欲しくて土方さんの湯呑みに手を伸ばした時

「土方さん、お茶もう一杯入れ――」

私の手が湯呑みに触れる前、トン…と右肩に何か重みがかかる。
何だろうと思えば、見えたのは黒髪。
私は後ろで高く結ったままだから、私のものではなくて、となればただひとり――…

「土方さん?」

いつの間に寝たのだろうか。
土方さんが私の肩に凭れかかるようにして、スヤスヤと寝息を立てていた。
目元にはうっすらとクマが出来ているように見える。
青白さに近い顔色。
ああは言っていてもよほど疲れていたに違いない。

「それにしても……」

こんな風にして眠る土方さんを見るのは初めてだった。
疲れてる、とは言っても安らかな寝顔をしているし、
何より、ドキドキするほど凄く綺麗。
と、そこへ

「土方君お邪魔するよ。」
「大鳥さん、お疲れ様です。」

土方さんを起こさないようにしながら、入ってきた大鳥さんに挨拶した。

「ああ雪村君お疲れ――ってあれ?土方君もしかして寝てる?」

私に寄りかかる土方さんを見て、驚いたように聞いた。
私でさえも初めて見た土方さんのこんな姿。
大鳥さんが驚くのも当然なのかもしれない。

「なんか疲れてたみたいで。最近寝ずに働いてたみたいですし。」

出来るのならこのまま寝かせてあげたい。
大鳥さんは近くまで歩いてくると、土方さんの寝顔を覗き込むようにした。
普段は人の気配にとても敏感な土方さんが、大鳥さんにも気付かずに寝入っている。
どうやら大鳥さんもそこは同じことを思ったみたいで

「あの土方君が僕がここまで来ても起きないとはねぇ。」

と感心しているようだ。

「しかし土方君も君が来てから変わったよね。」
「そうですか?」

確かに、最近の土方さんは私に対して優しくなったし、
なんだか甘やかしてもらってるようなで、
なんか恥ずかしいような気もするけど嬉しかった。

「うん、僕が言うんだから間違いない。」

大鳥さんは凄く自信たっぷりに言う。

「君が来る前までの土方君は、
 触れたら怪我するんじゃないかと思うくらいギスギスしていたんだよ。
 君が初めて蝦夷に函館に来た時にも話したと思うんだけど。
 わざと自分を追い込んでるみたいだったし。
 でも君が来てからというもの仕事に打ち込むのは変わりないけど、
 雰囲気がだいぶ柔らかくなったよ。
 君がいなかったら、土方君がこんな風に寝るってこともなかったんじゃないかな。」

第一、人の気配には恐ろしいくらい敏感な人でしょ?
ニコニコと人のいい笑顔を浮かべながら大鳥さんは言ってくれた。

「雪村君だから今こうして寝ちゃったんじゃない?」

だとしたら、それは凄く嬉しい。
だって、私がいることで土方さんが休んでくれるというのなら。
少しでも土方さんの役に立てているのなら。
私が土方さんのお傍にいる意味があるということだから。
そういえば、さっき眠る前土方さんも言ってくれた。
【千鶴とこうしてるだけでも俺にとっては十分過ぎるほどの休息なんだよ。】って。

「そうだと嬉しいです。」
「君はもっと自信持っていいと思うよ。
 じゃなかったら今頃とっくに土方君起きてるって。君に心を許してる証拠だよ。」

大鳥さんの言う通りかもしれない。
土方さんの近くでこうして話してるというのに、土方さんはさっきから起きる気配がない。
寝顔は、普段の眉間に皺を寄せている険しい表情とは違ってとても穏やか。

「君もいい表情するようになったよね。羨ましいなぁ土方君が。」

大鳥さんの声につい、土方さんの寝顔に見入っていたことに気が付いた。
なんだか凄く恥ずかしい……。

「あんまりここにいても本当に土方君が起きだしかねないからね。
 そうなった僕の命が危ないから、僕は失礼するとするよ。」

それじゃ、と手をひらひら振りながら大鳥さんは退室していった。
静かにドアが閉まって、二人だけの部屋には規則正しい土方さんの寝息だけがする。
せめて今だけでもゆっくりと休んでほしい。

「おやすみなさい、土方さん。」





ついったーお題:可愛いカップル描いちゃったー
『相手の肩にもたれかかって眠ってしまった』『土千』