一面桜の花びらに覆われているかのような、薄紅が地面に広がっている。
上を見れば、桜の花々に覆われているかのような、薄紅が空に広がっている。
雲ひとつない澄んだ青空に、満開の薄紅の桜がよく映える。
ところどころに緑の葉が覗くのは、ちょっと気が早かったのだろうか。

カシャ

桜の名所、にしては人もまばらだ。
凡そ地元の人しか知らない場所なのだろうか。
それにしては勿体無いと思うような桜並木続くその場所にカメラを構えた一人の男。

カシャ

夢中で切るシャッターの音がそこらに響く。
時折桜の花を見詰め、場所を変え、角度を変え、赴くままにシャッターを切る。
濡れたような漆黒の髪が春の太陽に照らされ、艶やかな色を見せる。
ファインダーを覗く瞳は、菫のような紫の色をし、意志の強い真っ直ぐな光を宿している。
その傍らに、一人の女がいた。
年の頃よりどこか幼く見える顔立ちに、凛としたこちらもまた真っ直ぐな栗色の瞳だ。
似た黒髪は柔らかさが見目にもわかる。
カメラを構える男を愛しげに微笑みながら見詰め、彼の手伝いをしているようだ。

カシャ

「いい写真撮れましたか?土方さん。」

男――土方が一息吐いたのを見て、女が声を掛けた。

「千鶴のおかげでな。」

土方も真剣だった表情を柔らかくして、女――千鶴を見た。

「それはよかったです。……あ、土方さん、じっとしていてください。」

何かに気付いた千鶴が、土方にそう言いながらその黒髪へと腕を伸ばす。
千鶴の指が土方の黒髪に触れた時

カシャ

シャッターを切る音がした。
千鶴の指先に触れたのは、絹のような手触りの桜の花びらが一片。
それを取ろうとしたのだが、突然間近で聞こえたシャッター音に、
驚いたように肩が跳ねて、その拍子に指先から桜の花びらから滑り、ひらひらと落ちていった。

「土方さん!もしかして今……!」

何が起きたのかと土方を見れば、すぐ目の前にある、土方愛用のカメラ。
その向こうに端正な顔立ちの土方の顔。
ニヤリと笑うように上がった口角。
ことに鈍いといわれる千鶴にも、土方が何をしたのかが手に取るようにわかった。

「シャッターチャンスだったんでな、つい。」
「ついじゃありません!」

悪びれることなく、それどころか楽しそうに言う土方に、
瞬く間に頬を桜のその色のように染めて抗議をするが、どうも土方には効果がないようだ。
構えたカメラを下げることなく、ファインダーから覗いて更に写真を撮ろうとする。

「土方さん!ちょっ…撮らないでください!」
「いいじゃねえか、減るもんじゃねえんだし。」
「恥ずかしいです!それに私なんか撮ってどうするんですか!!」

カシャ

千鶴の抗議は空しく、土方はシャッターを切る。
あっと千鶴が思った時にはもう遅く。

「もう…。」

千鶴は、更に色濃くなった頬のまま、むぅっとむくれたように頬を膨らませた。
本人は恐らくは拗ねているんだろうが、やはり土方にはどこ吹く風。
愛しそうに目を細めて千鶴を見た。

「そう拗ねるなって。おまえが可愛すぎるからシャッターを切りたくなるんだ。一年前みたいな。」

カメラを下ろし、千鶴の頬に手を寄せて、どこか懐かしげにした。
一年前、という単語に千鶴もつい表情を緩めた。
一年前、二人はこの場所で出逢ったのだ。