初めての出逢いから数日後、千鶴はまた同じ場所を訪れていた。
言葉どおり、土方は葉桜となり惜しげもなく
桜の花びらを散らす桜並木に向かって、シャッターを切っていた。
土方は千鶴に桜が似合うと言ったが、桜に囲まれる土方は桜に似ていると何故だか思った。
端正な顔立ちをしている土方がいるだけで、その場所がいつもと違った風景に見える。
ファインダーを覗く真剣な横顔も眼差しも、どれも千鶴の心を惹きつけてやまない。
しばらく土方の姿を見ていると、土方が千鶴に気が付いた。

「千鶴、来てくれたのか。」

土方の顔に嬉しそうな笑顔が浮かぶ。
さっきまでの真剣な表情とはまるで違う笑顔に、千鶴は鼓動が早くなるのを感じた。

「写真、気になって。」
「ちょっと待ってろ。」

土方はカメラの手を休め、荷物から丁寧な手つきで一通の封筒を取り出した。

「ほらよ。」

千鶴はその封筒を受け取ると、中を覗いてみた。
一枚の写真が入っている。
取り出してみれば、間違いなく千鶴の姿が映っていた。
桜の木を見上げる千鶴の横顔は、
ちょうど舞い落ちた桜の花びらに包まれているようだった。

「いい写真だ。」

釘付けになるように写真を見ていた千鶴は、その声に土方を見上げた。

「そんないい写真を消すなんてもったいねえよ。おまえも綺麗だ。」

それは、最高の口説き文句かもしれない。
千鶴は自分の顔が熱を持つのがわかる。

「心にもないこと言わないでくださいっ。」

千鶴は、自分が綺麗だといわれるような魅力がある女だとは思えなかった。
別人のような写真の自分。
しかも、自分より綺麗なのではないかと思うような男が目の前にいるのだ。

「俺が綺麗だと思うんだ。自信持っていいぞ?」
「意味がわかりませんっ。」

何故、土方はこうもはっきりと言えるのか。
そもそも何故土方が基準なのかと思う。

「なぁ千鶴、頼みがあるんだが。」

土方は神妙に切り出した。

「頼み、ですか?」
「ああ。俺の写真手伝ったちゃくれねえか?」
「手伝う?」
「千鶴の写真を撮らせてくれ。」

一度、千鶴は自分の中で土方の言葉を反芻した。
少し間を置いて咀嚼する。

「ええええ?!私をですか?!」

千鶴は大きな目を見開いて、驚きに声を上げた。
手伝いといわれて、土方の助手のようなものだったり
雑用をやるのだろうと思っていた。
それが自分の写真を撮る、だなんて千鶴の頭にはひとかけらもなかった。

「そんなに驚くことか?」
「驚きます!なんで私なんですか?!
 土方さんみたいな人だったらもっとふさわしい人がいるは――」

土方の優しい瞳に千鶴の言葉が止まった。
優しい、だけじゃない。
そこに、温かな愛情を見た気がしたのだ。
引力があるかのように、千鶴の瞳はそこから離れられない。

「俺は他の誰でもなくおまえを撮りたい。」
「そんな風に言われたら……。」

千鶴の声が、小さくなった。

「ん?」
「断れないじゃないですか。」

ポツリと。

「じゃ決まりだな。」

千鶴はついに何も言えなくなってしまった。
それを肯定と取った土方は、話を進める。

「今度俺の写真集が出るんだが、今それに載せる写真を
 いくつか撮り下ろしてる最中なんだ。その写真を撮りてえんだ。」

更に千鶴を驚かせるには十分だ。
つまりは自分の写真が写真集に載るかもしれない、ということ。

「そんな大事なものに私なんかの写真を使うんですか?!」
「千鶴なんかじゃねえよ、千鶴だからだ。
 俺はなんでも撮ってるわけじゃねえんだよ。これでも自分の信念を持って、
 自分なりのこだわりを持って撮り続けてる。この前、初めて千鶴を撮った時に思ったんだ。」

――俺が探していたものだと 千鶴は、その話を引き受けた。
どこまでも真っ直ぐに自分の理想とするものを追いかける、その瞳にこもった芯の強い光。
どんな写真を撮るのか、どんな信念を持ち、走っているのか。傍で見てみたいと思ったのだ。