それから一年が過ぎた。
二人は恋人同士となっていた。

「あの時は突然土方さんがシャッターを切るんですもん。」
「仕方ねえだろ?おまえがいたんだから。」

写真集は無事完成した。

「それにいきなり私の写真を撮りたいだなんて…。」

結局、千鶴の写真が写真集に載ることはなかったのだが。
完成前に恋仲となった二人。
土方が他の見知らぬ誰かにも千鶴を見せたくない、と載せなかったのだ。
じゃあ何のために撮ったのだ、とは千鶴は聞かなかった。
見えない誰かにまで嫉妬をした土方を、仕方がない人だと
可愛い人だと、それだけ愛されているのかと受け入れた。

「もうあの時にはおまえに惚れてたんだろうな。」

土方が撮った千鶴の写真はというと、大事にしまわれている。

「なっ…!」

さらりと愛の言葉を囁くのも、出逢った当初から変わらないのかもしれない。
千鶴も土方の言葉や仕草に頬を染めてしまうのも、出逢った当初から変わらない。
そんな土方に千鶴はいつも翻弄されてばかりだ。

「千鶴、せっかくだ。写真、撮ってみるか?」

この一年、出逢ってから触ることのなかったカメラを、土方は千鶴に差し出した。
何よりも大事にしていたカメラだ。
この時代、デジタルに変えることはなく、
手入れを施して、一枚一枚心を込めてシャッターを切ってきた。

「いいんですか?」

触りたいと思ったわけではない。
触ってはいけないもののような、そんな気が千鶴はしていたのだ。
だからといって興味がなかったわけなじゃい。
土方が見る世界はどうなっているのか、写真だけじゃわからない
その世界が気になることは気になっていた。
小さなファインダーから、どんな風に自分をみて
撮っていたのだろうか、どんな風に土方には見えていたのだろうか。
興味がないわけじゃない。

「ああ。」

おそるおそる土方からカメラを受け取った。
思ってた以上にずっしりとかかる、カメラの重み。
それ以上の重みを千鶴は感じていた。

「重いんですね。」
「まあな。」

きっと土方の重みだろう。
この一年、傍で見続けた千鶴には、その一言に込められた
土方の想いがこのカメラにも宿ってるように思えたのだ。

「千鶴、ここをしっかり持て。」

土方の手がカメラを持つ千鶴の手に添えられた。

「もう片方の手でカメラとレンズを支えたら、そのファインダーから覗いてみ。」

言われるまま、左手をカメラとレンズを支え、いつも土方がそうするように覗いて見る。
もう一つの世界がそこにはあった。
写真のそれとも違う、ファインダーという小さな空間に収められた風景。
土方はいつもこんな景色を見ているのかと思うと、共有できたようで嬉しかった。
土方が自分をこのファインダーの中に
見ていたように、土方を見てみたいと、そう思ったのだが。

「どうだ?」

それっきり黙った千鶴にどこか不安にでも思ったんか、土方が聞いてくる。
それに答えようとしたら、もう一度カメラを握る右手をしっかり握られた。

「見えてるか?」

千鶴の答えなど最初から聞いてないかのように、
土方は千鶴が覗くファインダーへと顔を近づける。
自然と二人の頬が触れ合って。

「土方さん!近いです!!…ん!」

あまりの近さに千鶴が離れようとしたら、
後頭部をいつの間にか土方の手で押さえられ、
抗議の声はそのまま互いの口内に掻き消えた。

カシャ

同時に、どちらが押したのだろう、シャッターを切る音がする。
重なって感触を味わうだけのキスは、ややあって離れていって。

「突然何するんですか…!」

頬が赤いままに土方を睨んでは効果がない。
まだ二人の距離は近くて、ドキドキしてそう言うのが精一杯。

「千鶴にはどう見えてんのかと思ってよ。」

何事もなかったように土方は言う。

「だからって…き、キスすること…!」
「おまえが振り向くのが悪い。」
「だって土方さんが近づくから!」

千鶴は土方から離れようとするのだが、
自分の後頭部にその手があるからうまくいかない。
勿論、嫌だから離れるのではなく、恥ずかしいのだからだ。 顔を真っ赤に染めた千鶴に、ふっと笑うと提案した。

「たまには一緒に撮るか。」

桜はまさに満開。
一年前のあの日のように、今が盛りと重そうに木々を揺らしていた。
撫でるような風が時折花びらを舞い落とす。

「あ、土方さん、桜の花びらが――。」
「ほっとけ。そういうおまえにもついてるぞ。」

カシャ

耳馴染んだシャッター音が揺らしたように、はらり、桜の花びらが一枚空に舞う。

「出来上がりが楽しみだな。」
「はい!」

<終>