『誰を見ているか知ってるよ、だって君を見てるから』



洗濯物を干す君はニコニコと笑っている。
天気がいい日は洗濯物がよく乾くと嬉しそうにする。

「ちづ――」
「あっ土方さん!」

頃合い見計らって声をかけようとしたのに、君の弾んだ声にそれはかなわなかった。
君がふわりと笑う先には、土方さんがいる。
君の想い人、そうでしょ?

「洗濯物か?」
「はい。今日は天気がよくて洗濯日和です。」
「悪いな、すっかりおまえに任せちまっている。」,br>
土方さんもとても鬼とは程遠い表情だよね、癪に触るなぁ。
君もどうしてそんな綺麗な表情(かお)するんだろう。

「いえ、皆さんのお役に立てるのが嬉しいので。
 そうだ土方さん、もう洗濯も終わりますし、そしたらお茶をお持ちしますね。」
「何だかやけに嬉しそうじゃねえか。」
「先程、井上さんからいい銘柄の茶葉をいただんたんです。
 おいしいよって。だから土方さんも飲んでいただきたくて。」
「源さんがそういうなら違いねえな。ちょうど茶を頼もうと思ってたところだ。」
「お部屋にお持ちしますね。」

花が綻ぶ笑顔って多分、今の君のような笑顔を言うんだと思うな。
どうして土方さんなんだろう。

「千鶴ちゃん。」

土方さんがいなくなってから、急いで洗濯物を干して片付ける後ろ姿に、
静かに背後に回って声かけたら、面白いくらい肩が跳ねた。

「沖田さん!驚かさないでくださいよ!気配消されるとびっくりするじゃないですか。」

そんなに驚かれたら、なんだかちょっと傷つくんだけどな。
僕のこと、意識の中に入ってないってことじゃない。
まぁ気配消してる僕も悪いんだけどね。

「千鶴ちゃんが驚きすぎだと思うよ。僕は気配消したんじゃなくて静かにしてただけなんだけど。」
「同じ事です!沖田さんいつもそうやって私で遊んでませんか?」
「うん、だって君、からかいがいがあるからね、楽しくてつい。」
「つい、じゃありませんよ、もう。」

そうむくれる君も可愛いよね。
君はコロコロ表情が変わるから、楽しくなってからかいたくなっちゃう。
でも、一番見たい表情は君は見せてくれない。
君は、僕と会話しながらも、洗濯物を干すのをやめない。
せっせと干していく姿を見ていると、早く終わらせて土方さんに
お茶を持って行きたいのだろうということは、容易に想像がついた。
だって、嬉しそうにしている。
きっと君は気付いてないんだけどね。

「ねぇ千鶴ちゃん、この後僕と遊ばない?」

最後の一枚を干し終えた君に、無駄だと思いながら誘ってみた。

「すいません、洗濯物終わったら土方さんにお茶を持っていくお約束なんです。」

申し訳なさそうに謝ってくれるけど、君の纏うものは嬉しさで溢れている。

「えー、あんな仕事としか仲良くなれない鬼副長なんかほっといて、僕と遊んだ方が絶対楽しいから。」
「いえ、そういうわけには!それに、私がお入れしたいだけですので。」

ふわりと笑った笑顔は僕を見ているようで僕を見ていない。
なんで僕に向いてるその笑顔に、胸の奥が苦しくなるんだろうね。
全部土方さんが悪いんだ。

「誰が、仕事としか仲良くなれない鬼副長だって?」

降ってきた声に、君は弾かれたように顔を上げた。

「いたんですか。盗み聞きとは悪趣味ですね。」
「千鶴を探してたら聞こえてきただけだ。大体おまえ体調悪いんじゃなかったのか、早く部屋に戻れ。」
「土方さんが過保護すぎるんですよ。」
「土方さん、すいません。」
「それが朝から変な咳してた奴が言う言葉かよ。」

見飽きた眉間の皺とつりあがった眉は、君を見た瞬間、すっ…と和らいだ。
あーあ、すっかり君には甘いみたいだ。

「ああ、急かしに来たわけじゃねえんだ。さっき言い忘れたことがあってな。」
「言い忘れたこと、ですか?」
「茶は二人分持って来い。あと、勝手場の棚に、まだ干菓子が入ってた筈だから茶請けに持って来い。」
「えと…。」
「おまえの分だ。」

土方さんのたった一言で、君の笑顔が輝くんだ。

「…はい!ありがとうございます!すぐ、お部屋にお持ちしますね。」
「頼んだ。」

その時にはもう土方さんの眉間の皺も消えてるから不思議だよね。

「千鶴ちゃん、一つ聞いていい?」
「なんでしょう?」
「千鶴ちゃんって土方さんのこと好きでしょ。」
「へぇっ?!」

ここ一番で素っ頓狂な声を上げた君は、顔を真っ赤にして金魚みたいに口をパクパクさせていた。
それはそれで可愛いなと思うけど、次に見た君はとても見たくなかった。

「あの、その、好きとかそいうのはわからないんです…。ただ……。」
「ただ?」
「気が付いたら目で追っていて、少しでも土方さんのお役に立てたらと思うんです。」

だからそんな風に笑わないで。

「それでは失礼しますね。」

ぺこりと頭を下げて、急いでお茶をいれるべく勝手口に急いだ君に、
届かないと知っていながら教えてあげる。

「千鶴ちゃん、それを好きって言うんだよ?」

君がいなくなった後の中庭は、思った以上に寂しくて。
どうやっても僕は叶わない恋だと、いやでも教えてくれる。

「土方さん、あなたはずるいですよ。」

僕の、好きなもの、全部あなたが持っていくんですから。
だから、



だから――

あなたを守るということは、近藤さんが託した新選組を守るということで、
僕が密かに断ち切れなかった想いを寄せていた君を守ることになる。
そうでしょう?

「土方さんをよろしくね。」

託しましたから、あなたを、あの子に。
どうか君は、一途に想いを寄せ続け、健気に真摯に支え続けるあの人の下で幸せになって、笑い続けて。
最後に君と土方さんと逢った時、確信したんだ。
もう僕の想いはこれっぽちも届かないって。
土方さんも君に向き始めてるって。
あの頃より、土方さんを想う気持ちが強くなってるって。

近藤さんの下に、僕は一足早く逢いに行って、あなたが来るまで近藤さんはもらいますよ。
代わりに、僕が命を賭けて守りたかった女の子と、
近藤さんがあなたなら大丈夫と託した新選組をお願いしますよ。

だから、だから――

だから僕は、あなたを守ります。
近藤さんが託した新選組と共に、大好きなあの子の笑顔を守る為に。
この意をあなたなら汲み取ってくれる、そうでしょう?

さようなら
大好きな千鶴ちゃん、本当は信頼してる土方さん、全てを賭した誠の旗。
僕は、逝くよ――…



『誰を見ているか知ってるよ、だってずっと君を見てたから』








Title:お題サイト「雪華」様よりお借りしました。