世間は夏休み。
当然、高校生である千鶴も、夏休みに入っていた。
千鶴が通う薄桜学園の教頭兼古典教師である土方は、
千鶴のように夏休みを満喫、というわけには行かず、
夏休みとは関係ない忙しく仕事に追われていた。
となると、千鶴が学校に通う必要がない今は、逢う時間がなかなか作れない。
毎日のような夜の短く感じる電話と、メールと、適当な口実を作って
学校や土方の家に言っては土方と逢う時間を作ったりしていた。
いつでも逢いに来て構わないと土方は言うのだが、仕事の邪魔になるのでは、
疲れているのでは、と千鶴も土方に遠慮して逢いたい、と直接言うことはなかった。
数日前、電話で話をした時に、土方はこの日泊まりに来るように言ったのだ。
千鶴の手料理を堪能して、土方と千鶴は食後の時間をのんびりと過ごしていた。
久々にのんびりと取れた二人の時間を楽しんでいる。
土方は、時計を気にしているようだった。
何度目かの時計を確認した時、気付いていた千鶴が聞いた。
「何かあるんですか?」
「まあな。そろそろか。千鶴、ベランダに出るぞ。」
「え?」
土方の答えは答えになっておらず、千鶴は益々不思議そうに首を傾げるばかり。
「いいからベランダに行くぞ。」
千鶴の手を取って、わけがわからないままの千鶴をベランダへと誘導する。
外に出れば、夏の独特の空気が二人を出迎える。
夜空には月が綺麗に見える、よく晴れた夜の天気。
「あの、土方先生?」
千鶴がそう聞いた時、耳慣れた高い音がした。
ひかれるように土方から夜空へと視線を動かすと、
ドンっと空気が震える音がしたかと思えば、目の前に眩しいくらいの光が広がる。
花火だ。
「花火…?」
「今日近くで花火大会があってな。去年部屋から見れたこと思い出したんだ。
ここからなら、一緒に花火が見れるだろ。」
「だから今日…」
「そういうことだ。」
花火大会が自分の部屋から見れると知って千鶴を泊まりに来いと呼んだのだ。
二人一緒に花火大会を見に出ることも出来ない。
けれど、土方の部屋でなら誰にも邪魔されずに
見ることが出来るし、二人で過ごす時間を作ることが出来る。
「ありがとうございます。」
花火の光に照らされた中、嬉しさに頬をほんのりと染めながら千鶴がふわりと笑う。
「いや、俺もおまえと花火見たかったからな。直接花火大会に行けなくて悪かったな。」
隣に立つ千鶴の腰に手を回し、隙間なく自分の方へ引き寄せる。
千鶴も体の力を抜き土方に寄りかかる。
「いえ、十分です。先生と過ごせるだけで。」
「誰にも邪魔されることもないしな。」
綺麗だと花火を見上げる千鶴を、土方は頭ひとつ高いところから見下ろす。
「綺麗ですね、花火。」
「千鶴の方が綺麗だよ。」
花火の音に消されることなく届いた土方の言葉に
思わず振り向いた千鶴に、土方は顔を寄せてキスを一つ。
遠くに聞こえるような花火の音と、目を閉じていてもわかる光の感覚。
「……っ。」
唇が離れれば、花火の光の下、千鶴の顔が赤く染まっている。
かかる髪を耳にかき上げれば、その耳もやはり赤い。
真っ直ぐに見下ろされた土方の瞳に耐え切れず、顔を俯かせれば
「千鶴、顔を上げろ。せっかくの花火が見れねえだろ。」
そうさせているのは誰ですか、心の中で言いながら、そろりと土方の顔を見る。
いつの間にかしっかり抱き寄せられ、もう一度キスを受けながら腕の中に身を預ける。
そっと胸板に頭を寄せて、土方の腕の中から夜空に上がる花火を見上げた。
誰にも邪魔をされない時間。
「来年は、どこか遠くの町に花火を見に行くか?」
「私はここでもいいですよ?二人だけで見れるますから。」
「来年は浴衣でも着るか。」
「はい。」
「千鶴が着る浴衣は俺が選んでやるよ。」
「楽しみにしてます。」
時々思い出したように互いの顔を見て、そっと笑い合った。
花火が作り出す二人の影は重なっていて、これまで逢えなかった時間を埋めるように。
またこれから、逢えない時間が出来てしまうけど。
「千鶴、今夜はゆっくりしていけ。」
「はい。」
花火が上がる夜を二人だけで楽しみたいとそう願う。
「ずっと逢いたかったです。」
花火の音に混じった千鶴の声は、土方に聞こえなかったかもしれない。
「いつでも逢いに来い。俺だっておまえに逢いたい。」
その声も花火の音に重なった。