溢れるものは止まらない。
だけど、傍にいるとそう確かに感じるものがある。



あの日、最初にその言葉を口にした時
きっとそう言いたかったのだと、今ならわかる。
春になれば必ず共に足を運ぶ桜の苑で、貴方がポツリとこぼした言葉。

「桜の花を目にしたら…。」

花嵐の風に遮られて聞き取れなかった。

「なんですか?」

何を言おうとしてたのかを問うと、何故か歳三さんは
悲しげに――でもそれは一瞬で――すぐに首を振る。

「いや、なんでもねえ。」

そうして強く抱かれた。
もしかすると、ひょっとすると。
突然感じたもの正体って。
それを思えば、いつも以上に強く抱かれてることも、悲しげな表情を
浮かべたことも、なんでもないと誤魔化したことも、全部全部納得する。
私がずっと不安に思っていたことだから、歳三さんは言わなかったに違いない。

「おまえはあったけえな。」
「そうですか?歳三さんも暖かいですよ。」

そして聞かずにはいられない。

「ずっと離さないでいてくれますよね?」

少し息を呑んだような感触。
戸惑ってるような雰囲気。

「…ああ、当たり前だ。」
「約束ですよ?」

ねぇ、歳三さん。
貴方も同じ思いでいてくれたと信じてもいいですか?
死期が近いと悟った貴方が、私との日々を慈しみ偲んでくれるのだと。
早くに逝くことを、悔やみ、私と離れたくないと想ってくれてるのだと。
いつもと様子の違う貴方が、生きたいと願ってくれてるのだと。
強い腕の力に、そう…自惚れてしまう。

「約束なにもねえよ。俺が離したくないんだからな。」
「お願いします。」

いつもの口調を取り戻した歳三さんにくすくす笑いながら答えた。
大丈夫。
私達はまだ共に暮らせる。

――それが甘い考えだときっとどこかで知りながら。



その日からそう経たない日に貴方は逝った。
歳三さんがいなくなってから初めての春。
あの日、曖昧に流された言葉を今こうして思い出している。
貴方がこの世から去る時にくれた言葉を。

「桜の花を目にしたら俺を思い出せ。俺が傍にいることをな。」

いつだったか私が歳三さんを桜に例えたことがあった。
私達の中でとても大事な季節で大事な花。

「離さねえって約束だからな。」

舞う桜の花びらに貴方は消えていく。
溜まらず手を伸ばせばそっと握られた。
もうすぐ歳三さんは、春の空に消えてしまう。

「桜の花を目にしたら…」

――千鶴。

涙で霞む桜の世界に歳三さんが見えた気がした。

――泣くな千鶴。
――俺はここにいる。


桜の花を目にしなくても、私は毎日貴方を想っているというのに。
この季節しか姿を見せてくださらないなんて、やっぱり貴方はずるい人です。
誰が、この涙を拭ってくれるのですか…。