廊下ですれ違った時に、何気なくそう言われた。
週末の金曜日、元よりそのつもりだったから何も問題はなかったけど。
その時にはまさかこうなるだなんて予想もしていなかった。
夜の道。
「先生どこに行くんですか?!」
先生に手を引かれて私は歩く。
途中まで車で来たんだけど、ここからは歩きだと手を引かれたのだ。
何度目か忘れた私の質問には、やっぱりまた答えてもらえない。
「行ってからのお楽しみだ。」
珍しくその声に弾んだものを見つける。
「いいから着いて来い!」
行き先は教えてもらえない。
けどその後姿からでも伝わるのは、ちょっとした高揚感と期待。
何かがある。
直感的にそう思うけど。行き先がわからないのはちょっとだけ怖い。
だからか、大丈夫だというように繋がれた手が強くなる。
先生の足が止まって苦笑しながら振り返った。
「ちっとは俺を信じろ。」
信じていないわけじゃなかった。
だけど、夜の闇、行き先がわからず手を引かれるのはちょっと怖かっただけ。
そうだ、土方先生なら大丈夫。
「…はい。」
答えるように私も握り返した。
それを合図にまた先生に連れられていく。
少し小高い丘を上がる。
たどり着くまでは無言だった。
自分の心臓の音が聞こえてるんじゃないかって思うくらい。
そして。
「ここだ。」
教えてくれた場所は。
「綺麗…。」
言葉が他に出なかった。
胸がいっぱいだった。
土方先生が見せようとしてくれたもの。
満月の夜桜と満月の月を臨む小さな公園。
桜の後ろに満月があり、とても幻想的にも見える。
たまらず横を見上げれば、満足げな土方先生がいた。
「いい場所だろう。穴場らしいんだ。どうしても千鶴と見せたくてな。」
愛しげに笑う。
そんな風に笑われると、泣きそうになってしまう。
「ありがとうございます…!」
そう笑った時には、視界が
うっすら滲んでいたから、もう泣いていたのかもしれない。
「そんなに喜んでくれたのなら俺も十分だ。
先に目的言ってたら感動半減だろ?」
得意げに言う言葉は正しいと思う。
「不安にさせたのは悪かったな。」
「いえ…先生と一緒にこの景色を見れて、本当に嬉しいです。」
「そうか、それならよかった。」
繋いだ手を引かれて、二人の間に距離がなくなる。
「昼間も綺麗でしょうね。」
「ああ、なら来年は昼間から来ようか。」
今度は堂々と手を繋いで。
続いた言葉がまた嬉しかった。
一年後の今日は、高校を卒業して、やっと恋人同士と胸を張れるから。
「はい!」
月光射す夜桜を好きな人の温もり感じながら見るのも胸を打つ。
「でも、夜桜の方が二人きりで嬉しいです。」
顔が熱くなるような感じがしたけど、暗い夜の闇の中。
「それもそうだな。」
「先生?」
「ん?」
「ありがとうございました…!」
先生を見れば、紫の瞳に月光が射していた。
「俺もだ。」
視界が翳り、月光から目を閉じれば、触れるだけのキスが降って来た。
近いところで見合ったところで先生の口が動く。
「 。」
そのまま先生の胸に身体を預け、暫しの間月光射す夜桜を堪能する。
静かな夜に二人分の鼓動だけが重なって聞こえていた。
――俺には千鶴の方が綺麗に見えた
勿論、その日はそのまま先生の家に行って。
余韻をしっとりと楽しんだ春の宵。