いつものように障子越しに声をかけるが、反応がない。
「土方さん、お茶をお持ちしました。」
…あれ?
やっぱり、何も返ってこない。
どこかに外出した…ということも考えられるが、
朝、「今日は一日文机とにらっめっこだぜ」そうぼやいてた筈。
そっと伺ってみれば、人の気配はする。
「土方さーん…。」
もう一度声をかけるがやっぱり何もない。
よし。
私は意を決して部屋に入ることにした。
「土方さん、入りますね。」
すっ…と障子を開けてみたら、そこには珍しい光景が広がっていた。
「あ。」
土方さんが文机に頬杖をついたまま居眠りしていた。
どうしようと思ったけど、とりあえず部屋の中に入ることにした。
多分、このまま部屋の入り口にたたずんでて、下手に平隊士さんに見つかっては、
それこそ、土方さんがよしとしないと思ったからだ。
「どうしよう…。」
部屋の中に入ったものの、どうしたらいいのかわからない。
寝てしまった土方さんを起こすのもなんだか気が引ける。
普段仕事仕事で休みらしい休みを取らない人だから、このまま寝かせておきたい。
だけど、寝るならこのままより布団に入ってほしい。
外の陽気は暖かいけど、かえって風邪ひきかねないよね。
とりあえず、土方さんに部屋にかけてあった羽織をそっとかけてみる。
起きてしまわないかドキドキしたけど、その様子はない。
「綺麗な顔してるなぁ…。」
男の人にしては綺麗な顔立ち。
思わず見惚れてしまう。
こんな風に土方さんの顔を見たのは初めてだ。
「ふふ。」
なんだかいいものを見た気がする。
と、思っていたら、土方さんが起きてしまい、当然目が合ってしまう。
土方さんの目が驚きに見開かれる。
「あ、あの…。」
硬直してしまって声が出ない。
すぐに事態を把握した土方さんの眉間にみるみる皺が寄っていく…と思っていたら、それは一瞬のことで
「千鶴か?」
そう発したすぐ後、何故か目をそらしてしまった。
「いつまで人の寝顔を覗き込んでるつまりだ?」
鋭い一言に、事態を把握する。
「すいません!!」
咄嗟に後ずさりをする。
「で?」
「はい?」
「おまえはなんで俺の部屋にいるんだって聞いてんだ。」
距離が離れたところで、土方さんもいつもの調子が戻ったようで、
再び眉間に皺がよって射すくめられる。
「あ…あの、決して寝顔を覗きに来たのではなくて…」
「さんざん覗いてたのは誰だ?」
「す、すいません!」
慌てて頭を下げる。
「ったくそんなことはわかってるよ。」
「あの、お茶をお持ちしたんです。そしたら、寝てらしたので…。」
こわごわと答えると、そうか、と嘆息した。
まだ怒られると思っていたから、ちょっと意外だった。
「ったく起こしやがれそういう時は。それともそんなに俺の寝顔が見たかったのか?」
かと思えば面白そうに言われてしまった。
「いえ!確かにお綺麗でしたけど、せっかくなので休んでいただきたいと思ったんです。」
見惚れてしまったっていうのもあるけど、やっぱり休んでもらいたかった。
「お茶は改めて入れてきますので、少しお休みになってはどうですか?」
「いや、もう十分休んだ。茶もこのままでいい。」
そう言って土方さんは文机の傍に置いたままだったお茶を飲み終えると、
何事もなかったかのように仕事を再開しようとする。
が、何かに気付いてその手を止めた。
どうやら、羽織がかかっていることに気付いたようだ。
「おまえがかけてくれたのか?」
「はい、さすがにそのままで風邪をひかれても困りますので。勝手なことしてすいません。」
「誰も咎めちゃいねえよ。ありがとな。」
顔は見えないけど、その声音が優しくなっていることに気が付いた。
土方さんは羽織をそのままに、仕事を再開した。
どうやら休む気はないらしい。
「土方さん…。」
「千鶴、もうしばらくしたら、もう一杯熱い茶入れてくれ。」
「はい。」
「それと…。」
なんだか言いにくそうだ。
「どうかしましたか?」
「あぁいや今日のこと誰にも言うなよ。」
拗ねたような声が聞こえて思わず笑ってしまった。
「わかりました。」
「ま、寝顔が見られたのがおまえでよかったよ。」
部屋を出て行く時聞こえた土方さんの言葉は、空耳かと思った。
振り返ると、少し覗く顔が赤くなっているような気がした。