ゆるりゆらり夢の間に間に見たのは、穏やかな寝顔の歳三さんだった。
ゆっくりと意識がはっきりしてくる。
嫌な夢を見たものだ。
目の前で歳三さんがあっという間に灰になり消えていった。
呼ぶ声も届かず、辺一面真っ暗になる。

「歳三さん…。」

自分にすら聞こえるか聞こえないかの大きさで彼の名を呼ぶ。
朝餉の準備をしなければ。
悪い残像を頭を振って追いやって、立とうとした時。

「千鶴。」

腕を取られて名前を呼ばれた。
振り返れば歳三さんが優しい表情でこちらを見ていた。
見透かされてる、そう思った。
歳三さんには、何でもお見通しで嘘がつけない。
それに、そんな歳三さんの表情見てしまったら、堪えてた涙が溢れそうになる。

「怖い夢でも見たか?」

ああ、ほら。
私の腕を捕らえてる手とは反対の手が伸びて、目元を掬う。
その拍子にボタリと涙が一筋零れ落ちた。

「無理するな。」

腕を引かれて歳三さんの腕の中に抱き寄せられる。
ギュッと力強いその力と暖かな鼓動に溢れた涙が止まらなかった。
だって大切な人が目の前でいなくなってしまう。
今ある幸せがなくなってしまう。
わかってる、いつかはそんな日が来ることを。
だけど、改めて夢に突きつけられたようで、胸の奥が締め付けられる。

感じる歳三さんの温もりが、脈打つ鼓動が、今彼が生きていると伝えてくれる。
髪を梳くように撫でられて、歳三さんの着物をきつく握った。
無言のままの歳三さんの言葉が何より心に響いて来る。

大切な人を失う不安はこんなにも大きい。

「千鶴、一人で抱え込むな。」

漸く落ち着いて来た頃、歳三さんが言う。
ああまた迷惑をかけてしまった、そう思って腕の中から

「すいません、迷惑をかけて…。」
「迷惑でもなんでもねえよ。お前の涙を拭うのは俺の仕事だっつったろ?」

腕の中から柔らかな笑顔が見える。
何度、何度こうして救われて来たか。
少しの間、そして。

「確かにいつかは俺は逝くかもしれねえ。けど、今はお前と生きてる。
 安心しろ、せっかく愛した女との幸せの暮らしを手に入れたんだ、
 そう早く逝くつもりはねえからよ。長生きする気だぜ?」

この人の言葉はどうしてか胸に染みる。
安心しろ、そう言われたら心のつかえが取れたように。

「俺はお前の傍にいる。」

力強い言葉にいつの間にか微笑して頷く私がいる。
涙のあとをそっと拭い、優しい口付けを一つ。

「少しは落ち着いたようだな。」

歳三さんの声と共に体が揺れた。

「きゃっ。」

気が付けば布団の上に歳三さんと横たわっていた。
事態が飲み込めない。

「千鶴、もう一度寝るぞ。」
「え?」

寝るって…朝餉の用意をしなくてはいけないのに。

「歳三さん!あの、朝餉の用意が…。」
「後からでも出来るだろう。悪い夢を払拭してやるよ。」

そうして迎える朝はいつもと変わらない朝。
逃れられない幸せの腕に抱かれて、もうあの嫌な残像は消えていた。

「離さねえぞ。」

甘い囁きに折れてしまう。
離さないでいて下さい。
もうあんな夢を見るのはたくさんです。

「…はい。私も離しませんから。」

今ある幸せがどうか続きますように。
柔らかな口付けの雨を受けながら祈った。




Title:群青三メートル手前様より、存在十題08.