前編を読んでからどうぞ。


「何がですか?」
「土方さんが酔った。」
「ああ?酔ってねえよ!」

小声で千鶴に教えた筈の原田の声は、
しっかり土方に届いていたらしく、間髪いれずに土方の鋭い声が聞こえてきた。

「土方さん、休みましょう?」

恐々と声かける千鶴にも、土方は鋭い声がする。

「俺はまだ大丈夫だって言ってんだろう」
「私も休みますから…」
「土方さん、千鶴も怖がってんだろ。」

土方は原田の宥めに、今度は千鶴を腕の中へと抱きこんだ。

「なんだ、原田、おまえも狙ってんのか?」
「んなわけねえだろ。」
「だいたいなんで新八は競馬を辞めねえんだ。職員室で毎回騒ぎやがって。」
「俺が知るかよ。土方さん、寝室はどこだ?いいから休め。」
「原田、おまえ帰るんじゃなかったのかよ。」
「帰るよ。でもこの状態じゃほっておけねえだろ。」
「飲ませたのは誰だよ。」
「俺だよ、悪かったって。」

土方の腕の中で、
どうしていいのかわからなくなっている千鶴の傍らで、土方と原田は言い合いをしていた。

「調子に乗って飲ませすぎた俺が悪かった。この通りだから頼む。土方さん休んでくれ。」

千鶴の手前、このまま言い合いを続けていては
拉致があかないと踏んだ原田が、下手に出て土方に頼み込み。

「わーかったよ。休みゃいんだろ休みゃ。千鶴、寝るぞ。」

そう土方が立ち上がろうとした時だった。
千鶴も土方を支えるように、土方の動きに合わせていたら、

「きゃっ……」

急に強い力で引っ張られ、抵抗することが出来ず、バランスを崩してしまう。
強い衝撃を覚悟して目をつぶった千鶴だが、伝わってきたのは温かな感触。

「おい、大丈夫か?」

原田の気遣う声がする。
けれど、千鶴は事態が飲み込めず

「大丈夫みたいです…。」

とだけ返した。
何かに包まれてるように温かい。
千鶴が頬を寄せるものは規則正しく上下している。
伝わる温かさも、頬に触れる感触も、よく知るもので。

「あー土方さん千鶴抱いたまま落ちたか。」

原田の声に、一瞬にして自分の身に起きていることを理解する。
千鶴は自分の顔が熱を持ったのがわかった。
土方の腕は力強く、その腕の中から出ていくことを許そうとしない。

「千鶴、土方さん寝室に運んじまうから手伝ってくれねえか?」

千鶴からは返答がなかった。
原田がどうした?と千鶴を見ると、顔を真っ赤にして首を振っている。

「まさか、とは思うが、土方さんの抱く力が強くて抜け出せない、とか?」

察した原田が聞くと、千鶴は赤い顔のまま何度も頷いた。

「土方さんもやってくれる…!」

原田は、面白そうに笑い出してしまう。

「笑い事じゃありません…。」

小さな声で、千鶴は主張する。
ただでさえ、土方に抱きしめられたりすることに、
気恥ずかしさや照れ臭さを感じるのに、
原田がいる前で目一杯抱きしめられてる状況は、千鶴としてはかなり恥ずかしかった。
普段なら喜んでいいのかもしれないが、原田がいるとわからない。

「悪い。ちょっと待ってろ。寝室はあっちか?」

千鶴が頷いたのを確認すると、原田は寝室へと消えていった。
少しすると毛布を一枚手に戻ってきた。

「あの、」
「千鶴が軽かろうと、いくら俺でもいっぺんに二人は運べねえんだ。悪い。」

そう言いながら原田は千鶴と寝てしまっている土方に毛布をかけた。
それからテーブルを動かし、二人のところにスペースを作る。

「ありがとうございます…。」
「ああいやいいって。元は悪乗りして飲ませた俺が悪いんだし。
 ここ暫く一緒に飲んでなかったから辛み酒ってことすっかり忘れてた。」
「そんな大事なこと忘れないで下さいよ。」

千鶴はむうと拗ねたようにしてしまう。

「土方さんのこと嫌いになったりしないでやってくれよ?」

原田が懇願するように千鶴に言った。
千鶴は、何故原田が
そんなこというのかと思うのかと不思議に思い、そしてにっこりと笑った。

「大丈夫ですよ、原田先生。確かにびっくりしましたけど、
 私は土方先生の新たな一面が見れたみたいで嬉しかったです。」

千鶴の言葉に、原田はホッと胸を撫で下ろした。

「なら安心したぜ。もしこれで千鶴が幻滅したとかってなったら、
 後々土方さんが怖え。千鶴、土方さんのことよろしくな。」
「はい!」

明日私がしますから、という千鶴を制して、原田は簡単に片付けていった。
持ってきた酒を抱え新八と飲み直すわ、と土方の部屋を後にした。
酒が入りいつもより体温が高い<土方の腕の中は、規則正しく上下する胸板も心地好く

「土方先生、おやすみなさい。」

眠気に誘われるまま千鶴は目を閉じた。


翌朝、目を覚ましたのは土方が先だった。
ズキズキと頭が痛む。
土方は、酔い潰れようともしっかりと記憶が残っている難儀な性質だ。
昨夜はみっともない姿を見せてしまったと珍しく落ち込んでいた。

「これもみんな原田のせいだ。」

思わずひとりごちると、腕の中の千鶴が小さく身動きした。

「ん……。」

そっと髪を撫でてやると、ゆっくりと千鶴が目を開けた。
まだ目が覚めきってないのか、ぼんやりと土方を見た。

「お、おはよう、千鶴。」
「おはようございます…。」

土方も土方で昨夜のことが気恥ずかしく、
千鶴は千鶴で土方の顔が至近距離で気恥ずかしく、お互い目を背けてしまう。

「……。」
「………。」
「………。」
「…………。」

少しの沈黙。
口を開いたのは土方だった。

「昨日は悪かった。」

千鶴が土方を見ると、
何か悪いことをした子供のように、バツが悪そうにしている土方の姿。

「ふふ。」

可愛いと思わず思った千鶴の口から、小さな笑みがこぼれた。
すると益々拗ねたように
顔を背けた土方の目元は少し赤くなってるようにも見えて。

「忘れてくれ。」

ぶっきらぼうな一言に、

「いいえ、忘れません。私は新たな一面が見れて嬉しかったんです。」

昨夜、原田にも言ったその言葉を、綺麗な笑顔で千鶴は土方に伝えた。

「私は先生のいろんな顔が見たいんですよ。」
「そうは言われても、みっともねえ姿はあまり見せたくねえんだが…。」

昨夜みたいな姿は、そして今朝みたいな二日酔いな姿は、
土方としてはあまり見せたくないのが本心だ。
やはり惚れた女の前ではいいかっこうをしたいというもの。
今ですら、原田のおかげで飲み過ぎた酒の二日酔いで頭が痛むのか、
時折、綺麗な顔を微かにしかめていたりする。

「私は、そんな土方先生も引っくるめて好きになりたいんです。
 まさかこんなにお酒が弱いとも思いませんでしたけど、
 昨日の先生も二日酔いな先生も大好きですから。」

頬を染めながら、恥ずかしそうに笑って千鶴が宣言する。
でも毎回は困ります、と小さく付け足して。
驚いたように目を見開き、僅か返す言葉が見つからなかった土方は、
やがてふっと嘆息するかのように微笑むと、そのまま千鶴を見て目を細める。
愛しいとそれだけでも伝わる視線で。

「お水持ってきます。」

いたたまれなくなった千鶴が、土方の腕から抜け出そうとしたが、
いつの間にかしっかりこめられた腕の力には全く効き目がない。

「あの、……。」

さっきまでの威勢はどこへやら、
伏し目がちな千鶴の姿に土方はつい笑い声をこぼす。
ズキズキと頭が痛んだ気がしたが、それはもう気にならない。

「おまえにそんな風に言ってもらえるとは、原田に感謝だな。」

土方は、完全に視線を落とした千鶴を、頤に手を沿えることで自分へと戻させた。

「まったくおまえと言うやつは。」

額にチュッと音を立てて口付けて、
そのまま瞼、頬、耳、首筋とその場所を移していく。
そして栗色な照れた色が見える瞳を覗き込んで、優しく唇を重ねた。

「なら今日はとことん甘えさせてもらおうじゃねえか。」

唇を離してニヤリと笑う。
その笑みにあまりいい予感がしない千鶴だったが、
それはすぐに正しいことを知る。

「千鶴、もう一眠りだ。二日酔いで頭が痛え。」
「だからお水とお薬をお持ち――」
「いらねえ。寝てりゃ治る。」
「せめてベッドで――」
「断る。千鶴を離すのが惜しい。」

サッと千鶴の頬の色が濃くなった。

「すぐそこじゃないですか。それに昨日の片付けが終わってません。」

頬を膨らまして睨み上げるが、土方には全く効果がなく。

「あ?そんなん後からでもいいだろ。俺はおまえに甘えてえんだ。
 なんだ?まさかいやだって言うんじゃねえだろうな?」

閉じかけといた瞳を半分開けて見下ろせば、
必然見上げる千鶴からは鋭い眼光に見える。

「いっいい、いいえ!」

ただ羞恥と照れとが先立つだけで、千鶴とて本当は嬉しいのだ。
土方がこんなにはっきり甘える姿もあまり見れたものじゃなく。

「………嬉しい…です。」
「だったら大人しく甘えさせやがれ。」

千鶴の頭を抱き込むようにして、自分の胸の中に閉じ込める。
土方の目元が微かに赤い。
もぞもぞと動いた千鶴は、その背に腕を回し、ピッタリと寄り添う。

「落ち着くな、おまえ。」

土方のそう呟くように言った声は、すぐに安らかな寝息へと姿を変えた。
規則正しく上下する土方の胸板と、
心地いい土方の腕の中に、千鶴もうつらうつら眠くなる。
土方じゃないがやっぱり原田に心の中で感謝して、
たまにはこんな過ごし方もいいかと思い、千鶴は流されるまま瞼を閉じた。







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