友好関係にある島原女子高校と薄桜学園は、今年、初めての合同文化祭を行うことにした。
かたや女子高、かたや女子一人の共学という名の男子高。
その薄桜学園唯一の女子・千鶴は、島原女子の憧れの生徒・千姫と大親友で、
薄桜学園にいる千鶴の為にと千姫が薄桜学園の近藤校長と土方教頭兼古典教師に話を持ち掛け、
二つ返事で承諾、そして二校合同文化祭が実現したのである。
この合同文化祭に何より喜んだのは、当の本人達よりも両校の生徒や先生だったりするのだが。

さて、その合同文化祭の当日。
文化祭は薄桜学園の校舎で行われた。
いつもより賑やかな薄桜学園の、だけどそこだけはいつも通りひっそりとした一室がある。
教室に掲げられたプレートには【生徒会室】と書かれてあった。
校庭に面しているせいか、外の陽気なそれでいて軽やかな喧騒は伝わり、
部屋の主が顔をにわかにしかめた。
すると、まるでタイミングを計ったかのように、合同文化祭開始を伝える狼煙が派手に打ち上がる。
盛り上がった歓声が、部屋の主は更に顔をしかめて無駄な抵抗をする。

「天霧。」

部屋の主――風間千景は、低音のけだるい口調で側に控える学ランのがたいがいい男を呼ぶ。
その横でブレザーを着崩した長髪の男が、
やれやれとため息をついたが、風間はそれを黙殺することにした。
風間は白の学ランだ。
全く持ってバラバラな制服だが、これでもれっきとした薄桜学園の生徒である。
もっとも、風間は土方と同級生なので、この三人は留年を繰り返している、ということだ。

「やけに騒がしいが今日は何かあるのか。」
「今日は、島原女子と薄桜学園の合同文化祭が行われる日です。」

天霧は淡々と風間に答える。

「ふん、下賎の人間どものくだらないお遊びか。」

さして興味ない、まるでそう聞こえるように風間は言っているのかもしれない。
島原女子、その校名を聞いた時、微かな変化がその表情に出ていたこと、他の二人は気付かない。

「そんなこと言って嫁を探さなくていいのかよ。卒業できねえぞ。」
「わかってないな不知火。
 わざわざこの俺様が出向かぬとも、我が妻となる女はやってくるものだ。」

不知火と呼ばれた長髪の男は、再びため息をつく。

「そう言い続けて一度も来なかったじゃねえか。」
「それは我が妻となるに相応しい女ではなかったということだ。」

あくまで余裕たっぷりな風間に、不知火はこれ以上は無駄と不毛な会話を終わらせることにした。

「そういうことにしといてやるよ。」
「そういえば。」

無言貫いていた天霧が唐突に口を開いた。

「島原女子といえば、かの有名な姫君の末裔が通っていたのではないですか。千姫という。」
「さすがだな、天霧。」

静かに風間の片方の口角が上がり、ゆるゆるとニタッとした笑みを浮かべた。
普段だったらこの展開にああやっぱりとため息を付く二人だが、そうしたのは天霧一人。
不知火は、風間には気付かれぬよう、その口元に笑みを浮かべた。

合同文化祭が行われているまさに会場では、千姫が君菊という教師と共に楽しんでした。

「お千ちゃん!」

そこへ、千姫を呼ぶ声がした。

「千鶴ちゃん!」

千姫は、その声に途端にふわりと笑い振り返った。
そんな千姫を君菊はにこやかに見守っている。
千姫を呼んだのは、薄桜学園の唯一の女子生徒で千姫の大親友の千鶴だった。
傍らには、千鶴を微笑ましくも見守る土方の姿があった。

「楽しんでる?」
「うん、お千ちゃんは?」
「楽しんでるよ!ふふ、相変わらず仲がいいわね。」
「え?あ、うん…おかげさまで。」
「いいなぁ。」

少し頬を染めて頷く千鶴に、千姫は羨ましげにこぼした。
それから千鶴の手を取ると

「ね、千鶴ちゃん。一緒に回らない?」

そう提案した。
千鶴は思案気に土方を見ると、土方が頷いた。

「いいよ。」

そうして千姫は千鶴と手を繋いで歩き出した。
その後ろを君菊が、それから少し離れて土方が歩いている様は、自然と目を引いた。

「千姫様、頑張ってくださいね!」
「きっと千姫様なら優勝されますわ。」
「応援してます、千姫様。」

幾つかの出店を回っていると、そう島原女子の生徒達に声を掛けられる千姫。

「お千ちゃん、何かに出るの?」
「私にもわかんないんだよね…。」

当の本人も全く心当たりがないようである。
しきりに首を傾げている。
なので、

「千姫様、私達投票してきました!」

目をキラキラ輝かせて、声を掛けてきた島原女子の二人組に千姫は聞くことにした。

「ねぇちょっと、あなた達さっきから
 投票だの応援だの優勝だの言ってるけど、一体何の話かしら?」

すると、今度が女子生徒が不思議そうに首を傾げた。

「何をおっしゃってるのですか?」
「ベストカップルに決まってるじゃないですか!」
「ベストカップル?!」

女子生徒の答えを聞いた千姫は声を上げた驚いた。

「お千ちゃん?」
「私応募した覚えがないんだけど…」

その様子を不思議そうに千鶴が見ている。
千姫はこれでもかと目を見開いて驚いている。
どうやら千姫は全く訳がわからない、といった状況のようだ。

「君菊、これってどういうこと?」

助けを乞うように千姫は君菊に聞くが、君菊も全く事情が飲み込めてない様子。

「どこで投票をしてるんだ?」

そこへ割って入ったのは土方だった。

「た、体育館ですけど……。」
「そうか。」

女子生徒から答えを聞くと、千姫に向き直った。

「とりあえず体育館に行ってみたらどうだ?」
「うん、それがいいかもお千ちゃん。」
「そうね、君菊、体育館に行って聞いてましょ。」

ということで、体育館に向かった四人。
投票しているような生徒はおらず、なにやら後片付けをしてる生徒が二人いる。
薄桜学園の生徒と島原女子の生徒だが、土方の姿を見つけて萎縮した薄桜学園の生徒と、
千姫の姿に顔を輝かせた島原の女子の生徒と、反応は様々だったが。

「ねぇ、私がベストカップルに出てるってどういうことかしら?」
「えっと、それは……。」

聞かれた女子生徒は困惑しているようだった。

「千姫様は今回のこと知らなかったようですよ。」
「他薦です。」

答えたのは薄桜学園の男子生徒の方だ。

「どういうことだ?」

聞いたのは土方だ。

「……。」
「ほう、俺にだんまりとはいい度胸だな。
 誰に口止めされてるのか知らんが、どっちがてめえの身の為わかってんだろうな。」
「いいぜ、喋っちまっても。」

あらぬところから聞きなれた声がした。
現れたのは、不知火だ。

「不知火、おまえこんなとこで何やってる。
 てめえは風間のお守りしてたんじゃなかったのかよ。」
「ああ?誰がお守りだよ。」

そうこう話していると、今度は何人かのまとまった足音がした。

「こちらにいらっしゃいましてよ!」
「本当だわ!」
「千姫様、こんなところにいらしたんですね!」

どうやらこちらは島原女子の生徒のようだ。
あっという間に千姫を取り囲んだ。

「千姫様、ちょっとこちらに来ていただけませんか?」
「どうしたの?」
「千姫様に見ていただきたいものがあるんです。」

そう言いながらまだ承諾の返事をしていない千姫の手を取りどこかへ連れ立っていった。

「あっ姫様!」
「君菊せんせ、追いかける必要はないぜ?」

慌てて千姫を追いかけようとした君菊を止めたのは、不知火だった。

「どういうことかしら?あなた、何か知っているの?」
「まあな。知ってるも何も、俺が推薦したようなもんだからな。」

不知火はそうして、にやりと不敵な笑みを浮かべたのだった。


後編に続く