肝心の千姫はというと、君菊と一緒だった。
千姫は、由緒ある女子高・島原女子に通う、とある高貴な血筋の末裔である。
君菊は、千姫の側近であり、島原女子の教師でもあった。
こちらは文化祭以降もいつも通り、何をするでもなく変わらない過ごし方をしていた。
当然、風間の所へ行くこともない。
合同文化祭がなければ、二人は俗にいう付き合う関係にはならなかっただろう。
そもそもは合同文化祭で、ベストカップルに選ばれたのが始まりなのだから。
千姫は、今もそのことにはどちらかといえば消極的だ。
元々、千姫が望んでなったわけではないからだろう。
さて、駅前のカフェのオープンテラス席。
今日はここで放課後の時間を楽しんでいた。
薄桜学園に通う千鶴が一緒の時もあるのだが、今日は二人だけだった。
「あれから風間とは何かありましたか?」
「別に。向こうのアクション待ちよ?何かあるわけないじゃない。」
君菊の質問に、憮然とした表情で千姫は答えた。
千姫が出した条件から、風間が自ら動かなければ二人の関係は進まない。
「このまま何も変わらなければそれまでよ。」
そう言い切って千姫はコーヒーを一飲みした。
「果たしてあの男が変わるでしょうか。」
「どうかしら。どこまで本気か見せてもらいましょうよ。」
悠然と笑った千姫に、そうですねと君菊も同調する。
静かにゆったりとした時間が流れる。
そんな放課後の安らぐひと時、だったのだが。
「漸く見つけたぞ。」
聞きなれた低い声がした。
時間の流れが変わる。
が、千姫も君菊もそちらへは視線を向けない。
「俺を無視するというのか我が妻よ。」
千姫の口からため息一つ。
声のした方へやはり顔を向けずに言った。
「何か用かしら。」
「探したぞ。」
「誰も探してとは頼んでないわ。」
そこで初めて視線を向けた。
風間が、千姫の座る少し後ろに立っていた。
勿論、天霧と不知火と共に。
君菊の表情が微かに動いた。
「それで何の用かしら。用がないなら帰ってくれる?」
「何故ここにいる。」
全く噛み合ってないようには見える二人の会話。
「ここにいちゃいけないのかしら。」
「我が妻としてやることがあるだろう。」
「何の話かわからないんだけど。」
この日二度目のため息が、千姫の口からこぼれ出た。
風間はといえば、どこか高慢なこの男らしいいつもの態度だ。
後ろに控える天霧も不知火も変わらない。
多少うんざりしてる感じもなくはないが。
「普通校門の前で待ってるものじゃないか?」
「はい?」
風間が切り出した本題に、見当も何もつかない千姫は聞き返すしかない。
君菊も話がわからないといった表情である。
ほらな、と不知火の小さな呟きが聞こえてきた。
「何の話?」
「何度も言わせるな。校門の前で何故待ってない。」
「待ってる必要ないもの。」
「俺は貴様が来るのを待ってたんだぞ。」
一向に話が見えない千姫は、一度君菊と顔を見合わせる。
それから、何事かと天霧と不知火の顔を見た。
「高校生のカップルは、違う学校だと相手の学校の校門前で、
放課後、相手を待つものだって思ってるんだよ、こいつは。」
「ここのところ毎日のように貴方が校門前で待ってるのを待ってたんです。」
「貴様が来ないからわざわざ逢いに来てやったわけだ。」
話を聞いた千姫は澄ました表情で一言。
「馬鹿じゃないの。」
そして続けた。
「仮に私達がそういう関係でも、同じことするとは限らないのに。
第一私はまだ貴方のこと認めてないのよ。」
「認めようが認めなかろうが関係ない。貴様が我が妻であることは変わらんからな。」
「はいはい、で、私の出した条件はどうなのよ?」
当然だと胸を張る風間を、軽くあしらって千姫が聞く。
「確か姫様が出した条件は、人に頼ってばかりの自分を自覚し、
自分で動きなさいというものだった筈。」
「だから俺自らが会いに来たわけだ。」
風間はどこか得意げにそう君菊に答えた。
が、千姫も君菊も風間の言葉に表情を変えなかった。
「当然でしょ。私からアプローチしたならともかく貴方からよ。
それくらいするのは当然じゃない。それに、今回私に会いに来たのも、
その二人が探してみたらと言ったんじゃなくて?」
千姫の言葉に、風間はやや不機嫌そうに表情を変えた。
千姫としては、風間が自ら動いたとはまだ信じてはいないようだ。
「何度も言わせるな、俺自ら貴様を探し逢いに来たと言っただろう。」
「本当なの?」
驚いたように聞いた相手は天霧と不知火。
「ああ、まあな。」
「そのようです。」
正確には、自ら動くよう二人が促したからなのではあるが、
風間を盗み見、不知火と天霧は同時に答えられた。
その答で漸く信じる気になったのか、千姫が俄かに目を丸くした。
「本当だったのね。」
「だから言ってる。」
天霧と不知火に肯定された風間は、
少し居心地悪そうにも見えなくもないが、いつも通りの態度だ。
「今回はよしとしてあげますか。君菊。」
「そうですね、初めてこの男が自ら動いたことだし。微々たるものですが。」
風間達三人を差し置いて、テーブルに手を突き千姫と君菊で内緒話。
「何をこそこそ話している。」
「今回は貴方のしたことを認めてあげてもよくってよ。」
オープンテラスに沿う歩道の端、バラバラの制服着た目個性豊かな髪形をした三人組。
どう考えても目立ってしまう。
それを見た千姫は少し考える風にしてから言った。
「せっかくだから一緒にコーヒーでもいかが?ずっとそこにいられても困るし。」
「無論そのつもりだ。」
風間がやっと不敵な笑みを見せた。
「まだまだ条件クリアには足りないから肝に銘じておきなさい。」
凛とした千姫の声が響く。
「いいだろう。」
らしく鷹揚に答えた風間は、コーヒーを注文するべく三人で店内で入っていった。
それから数分後、千姫、君菊、風間、天霧、不知火の五人が
一つのテーブルを囲うということが実現した。
なんともいえない二人…いや、五人らしい独特の雰囲気を纏って。
「貴方も随分ロマンチックな考え方をするのね。」
「何が悪い。」
「今時そういうことするやつ少ないと思うぜ?」
「私もそう思いますわ。」
「私もです。」
「揃って俺を馬鹿にしているのか?」
「少なくとも私は待たないから、そこは勘違いしないで頂戴。」
二人は始まったばかりである。
甘い雰囲気などまだまだ先の話。
でも、そんな二人を傍目見た人がいたら、言っていたかもしれない。
もしかすると他の三人も思ってるかもしれない。
“案外お似合いのカップルかもしれない“、と――。